それは、守ってくれるもの。
 けれどもそれが必ずしも守ってくれるとは、限らない。

<ガードレール>

 ガードレールを挟んだ隣を、車が通っていく。
 この世界――外の世界を、ボクは知らない――では、車は電車とならんで一般的な乗り物だ。
 けれども、彼にとっては違うらしい。
「そんなに車が珍しい?」
「……ああ、まぁな」
 ガードレールの反対側を歩くのは、ついこの間出会った彼。
 五十年前の大戦時に『造られた』らしい、銀髪の青年。
 アルバート・シュナイダー。
「そうかなぁ……そこいらフツーに走ってるじゃん」
「俺の時代は軍用のジープくらいだ。あとは金持ちの特権だった」
「ふーん」
 彼が知っているのはボクの知らない世界で、ボクは話を聞くたび不思議な気分になる。
 彼の『世界』には、まだ青い空が在ったらしい。
「ボクは電車の方が好きだなぁ」
「電車?」
「あーっと……五十年前は、無かったの? レールの上を走る奴」
「蒸気機関車か?」
「そ。それがね、電気で動くの」
「ほう」
 彼は納得したらしく、薄い笑みを浮かべた。
「なかなかに面白いな」
「ふーん」
 ボクは実を言うと、その薄い笑みが嫌いだ。
 中途半端に自分も他人も嘲っているようだから。
「面白いかなぁ……ボクには当たり前すぎて」
 そう言っている間にも、ガードレールの向こうを車が通っていく。
「……コウ」
「何、アル」
「一つ聞きたいのだが」
「何?」
「この白いのは何の役割があるんだ?」
 彼が指差したのは、真白いガードレール。
 そうしている間にもまた、車が通った。
「これはっと……車がこっちに、歩道に入ってこないようにかなぁ」
「……」
「人を守る役割があるみたいだけど」
 アルバートは静かにボクの解説を聞いていた。
 その銀色の目を細めて、ボクを見ている。
「でもそれは、完璧じゃないんだ」
「……この世に、完璧なものなど無いだろう」
「まぁ、そうだけど」
 ボクは、視線をそらした。
 彼の目の色は好きだけど、そうやって見られるのは――嫌いだ。
 だから、ボクは視線をそらした。
 視線の端で、車が滑ったような気がした。
「それでも人は完璧を求めるんだよ」
「コウッ」
 後ろでアルバートがボクを呼んだ。
 何で呼ばれたのか分からなかった。
 目の前に車が滑り込んでくるまで。
「っ――」
 視界が白く塗りつぶされる。
 昔の風景が浮かんでくる。
 ひしゃげた白いガードレール。体を貫いたガードレール。赤く染まったガードレール。
「ッ」
 体が、宙に浮いた。
 視界が黒く染まった。
 それがアルの腕の中なのだと気づくまで、ボクはかなりの時間を要した。
「気をつけろ……馬鹿が」
 視線を動かす。
 白いガードレールに、車が突っ込んでいた。
 それがまたボクにかの光景を思い出させた。
 白いガードレールを突き破ってきた車。
 壊れたガードレールが突き刺さった子供。
 赤く染まったガードレール。
「っ……だいじょっ……ぶ」
 体が震えた。
 あの光景を、もう見たくなかった。
「……下手をすれば、死んでいたぞ」
「大丈夫っ……大丈夫だからっ……」
「コウ」
 自分でも、息が荒くなっているのが分かる。
 ガードレールは、本来人を守るもの。
 でも、守ってくれない。
 守ってくれないもの。
 世界なんてそんなもの。
「コウ」
 アルバートが、ボクを見た。
 銀色の、目。
「……行くぞ」
「……アル」
「何だ?」
 ボクは笑った。
 上手く笑えていると、思う。
「今度から、道路の近く通るのやめよ。危ないから」
「……」
「だって」
「お前が嫌だというのなら、やめる」
 ボクの言葉を遮って、アルはそう言った。
 ボクは小さいから、彼の顔は見えない。
 表情は、伺えない。
「行くぞ」
「……うん」
 彼は自分を殺人兵器だと言った。
 でもね、アル。
 ボクは名目だけの『守るもの』より。
 アンタの方が、大切なんだ。

           あとがき。
             交通事故のニュースを、無残にひしゃげたガードレールを見て思った話。
             白に赤は映えすぎます。
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