<ビデオショップ>

 見たいビデオがある、と突然、それも夜中に言ったのは俺の同居人だった。
 俺より童顔で、それでいて俺よりも年上な男。
「あーもう、マジ暇。暇暇暇。退屈は人を殺すね、ホント」
 奴はレンタルビデオを眺めながらそう呟いた。
 だからと言って人を巻き込んでいいはずが無い。
 俺は早く家に帰って読みかけだった本を読みたかった。 
「そうか? 暇なのはきっとお前だけだぞ?」
「ひーどーいなぁワトソン君」
「誰がワトソンだ誰が……暇なら寝るなり本を読むなりすればいいだろう」
 奴は俺を「ワトソン君」と呼ぶ。
 かの偉大なる探偵の助手に準えたらしいが、俺はあまり好きではない。
 ……それが、当たっているところも。
「俺、文盲だから」
「言い切るな。難しい専門書がお前の本棚に並んでいたぞ」
「あー、あれね。読んじゃった」
 ふざけるな、と俺は思う。
 何処までも人をくった奴だ。
「マジ暇だぁ」
「いいじゃないか暇。それだけ平和だと言うこと」
「甘いっ!! 平和? 何ソレ?
 俺みたいな職業が認可されてる時点でそんなもん異次元の彼方に飛んじまってるんだぞっ」
「っ……」
 目の前で一気にまくしたてて、奴は笑った。
 その肺活量は素晴らしいものだと思うが……もっと別のことに使うべきだろう。
「じゃあ、何でお前は探偵になろうと?」
「カッコいいから」
 ……どこまでも、人をくってやがる。
「嘘だよ。国家の犬じゃないところかなぁ、強いて言えば」
 ホラービデオが並ぶ棚の前で足を止め、奴は言った。
「国家の犬?」
 俺は思わずオウム返ししてしまう。
 真面目な返答が返ってくるとは思っていなかったのだ。
「警察とか、自衛隊とかってさ、上からの命令が無いと動けないじゃん?」
「まぁ、確かにな」
「そんなの、イヤなんだよね」
 奴は、笑っていた。
 内側と外側に向けられた、嘲り笑い。
「まーぁ? それがオシゴトですからねカレラは」
 適当にホラービデオを選び、奴は歩き出す。
 次に向かったのは、到底見そうに無い恋愛物がおいてある棚だった。
 その中から迷うことなく、かなり昔の映画を手に取り、籠へと。
「……見るのか、それ」
「時間があればね」
「……見るんだな」
「時間が余ってるからね」
 そう言って奴は、にししと笑った。
「さて、これでよし」
 籠の中にはホラービデオが三本と、男同士で見るには到底そぐわない恋愛映画が一本。
 奴は臆面無くそれを、カウンターに出した。
 ……店員の視線が、痛かった。
 けれども奴はそんな物を気にせず、会員カードと料金を皿の上に乗せる。
「ありがとうございましたぁ」
 店員の声さえ、どこか白々しく聞こえた。
「顔色が悪いね、ワトソン君」
「……あの店員、絶対何か誤解したぞ、きっと」
「えー? 何を」
「……テメェは探偵なんだからそんぐらい自分で考えろ」
「あー、もしかして、ホ」
「それ以上言うな言わないでくれ頼むから絶対そんなことはありえないから言うな言うんじゃねぇ!!」
 奴は、目を丸くした。
 俺は、息を切らした。
 奴は、笑った。
「分かってるってば。俺と君は雇用主と被雇用者。それで何か問題が?」
「完璧すぎて反論すらねぇ」
 俺が溜息混じりにそう言った時、不意に奴の携帯電話が着信を告げた。
 のんびりとした動作で、奴はそれに応じる。
「はいもしもしー?」
 電話の向こうでは誰かが怒鳴っていたが、俺には聞き取れなかった。
 けれども。
「……りょーかい」
 奴の顔が、楽しげに歪むのは、見た。
「ワトソン君、どうやら俺は暇に殺されなくて良い様だ」
「事件の依頼・・・か?」
「そのとぉり。今から来いってさ、警部殿から熱烈なラブコール」
「……ふざけてないで、いくぞ」
「そのつもりさね」
 奴はその長い鳶色の髪をなびかせて、走り始めた。
 俺もその後を追う。
 久しぶりの、事件の始まりだった。

           あとがき。
             探偵とその助手の会話inビデオショップ。
             一人称でもっと上手く話を書けるようになりたいです。
BACK