映るのは、一人であり、同時に多数。

<合わせ鏡>

 そこは、暗かった。
 闇が溜まり、動くものは無い。
 無いように、見えた。
「――ッ」
 闇が動く。
 壊れた扉から光が差し込む。
「――はは」
 差し込んだ光は、照らし出す。
 人の形をした『彼等』を。
 もう二度と動くことの無い『人』を。
 その中に立ち尽くす、『殺人兵器』を。
「はははははははははははははははははははははっ!!」
 殺人兵器は、大声で笑い声を上げていた。
 歩きながら、足元に転がっていた物を拾い上げる。
 自分と、同じ顔の首を。
「っ……情けねぇよなぁ」
 黄金色の目に虚無を写すそれに、彼は話しかける。
 その口調に嘲笑を含ませて。
「情けねぇ」
 近くに、研究者の一人が転がっていた。
 今は、もう、人ではないけれど。
「五十年、何調べてきたんだか」
 その頭を、踏み潰す。
 頭の中にたまっていた物が、床にまだら模様を描く。
「こんなの俺じゃねぇ」
 再び、彼は哄笑する。
 合わせ鏡の中から出てきたような、彼等の転がる部屋の中で。
 彼等と同じ、黄金色の目に嘲りを浮かべて。
 動く物の無い薄い闇の中で。
「俺はこんなに弱くねぇ」
 彼のほかに、動くものは無かった。
 研究者達は、彼を侮っていたのだ。
 帝国製の、最も最悪な『兵器』を。
「……五十年、何、調べてきたんだか」
 その言葉に含まれる物を変えて、再び彼は呟いた。
 そして、辺りを見回す。
 何人もの、『彼』。
「……俺は一人で良い。合わせ鏡に映ったモンなんて――いらない」
 首を持つ手に力を込める。
 金属の塊であるそれは、小さく軋んだ。
「一人で良いんだ」
 彼は、再び同じ言葉を呟いた。
 まるで自分に言い聞かせるように。
 まるで彼等に言い聞かせるように。
「アイウント・フィルツィヒストは」
 左手に力を込める。
 自分と同じ顔をした金属の塊は、簡単に砕け散った。
 その破片が床に落ちていく様子を、彼は――アイウント・フィルツィヒストは眺めていた。
 その目に、口に、嘲笑を浮かべて。
「……」
 彼は、静かに踵を返した。
 彼は、気付かなかった。
 合わせ鏡に写る像は、自分がいなければ存在し得ないことに。
 合わせ鏡に映る像は、自分自身だということに。
 
 自分を壊したのが、自分自身だということに。

           あとがき。
             合わせ鏡に必要なのは、鏡二つとそこに映るもの。
             どちらか一つ掛けても、それは成立しないもの。
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