<のどあめ>

 
 幾つもの巨大な岩と、サボテンが並ぶ褐色の大地。
  男は空を仰ぎ、そして小さく溜息をついた。
「あーあー……っくそ」
 自分の喉から出るかすれた声に悪態をつき、再び空を見上げる。
 青い空と、筋のような雲。
 青い空がこれほど忌々しく見えたのはあの時以来だと、声には出さずに呟く。
「……あーあ」
 ふいに、空が陰った。
 雲が太陽を遮ったのではない。
 空を飛んでいる人間が遮ったのだ。
 その人間は、音も無く男の前に着地する。
「紫苑、ここにいたの」
 紫苑と呼ばれた男は、その人間――青い髪と紅い目を持つ女性――にむけ、小さく手を上げた。
 それから、彼女の名前を呼ぶ。
「ん。八方塞だからさ――クレア」
「……私が貴方を運べれば、良いのにね」
「んにゃ? お前が飛ぶのは物を運ぶためじゃないから。つーかそんな風に作ってないし」
「そうだったわね」
 微笑を浮かべ、クレアは紫苑の隣に座る。
 それと同時に背中の、丁度肩甲骨の辺りが開き、彼女の背中にあった黒い羽がその中に消えていった。
「……随分と辛そうね」
「ん。大声で叫びすぎた……後悔杖に役立たないって奴」
「それ、後悔先にたたず、じゃない?」
「そー、それ。お前に通じれば良いから、それで」
 紫苑はそう言って、喉を押さえる。
 相当な無理をしているのだろう。
 額には微かに、汗が浮かんでいる。
「無理に喋らなくて良いのよ?」
「喋らないと駄目っしょ? 俺はそうやることでしか攻撃できないんだから」
 すっと目を細め、紫苑は静かに息を吸う。
「我が名は『浅黄』紫苑、古の盟約に基いて汝等を顕現させるものなり。
 我が言の葉に宿りし者よ、我が意を汲み取りそれを顕現させよ。
 母なる大地、今はその役目を終え眠る台地よ、今一度眠りから覚め、我等を我が敵から守りたまえ。
 母よ、我等を守りたまえ――壁(ウォール)」
 紫苑の言葉に呼応し、彼等二人を取り囲むようにして地面がせりあがる。
 数十秒後には、二人の周りに強大な『壁』が現れていた。
 その完成を見届けてから、紫苑は盛大にむせこむ。
 少し、笑みを浮かべて、クレアは紫苑の背中をさすってやった。
「ありがとう。でも、無理しなくても良いのよ?」
「なにいっでんだ……」
 ぜぇぜぇと荒い息をする紫苑。
 そんな自分の『主』に、クレアは飴玉を差し出した。
「のどあめ。少しは楽になると良いけれど」
 それを受け取り、紫苑はこくこくと頷く。
「……あの子達は、大丈夫かしら」
 ぽつりと、クレアは呟く。
「大丈夫だ……奴等は別格だから」
「そうね」
 頷き、クレアは自分の右腕を見た。
 抉られ、幾分細くなっている右腕。
 それでも、『痛み』はない。
「じゃあ訂正。あの子は――桜は大丈夫かしら?」
「んー? んま……奴等二人が本気になれば大丈夫だけど……」
「まだ、言の葉を顕現することが出来ないのでしょう?」
「ん……そのうちに使えるようになるだろうけど」
 何処かで、銃声が鳴り響いた。
 最初は、一発。
 次は、途切れない銃声。
「コガネの奴……始めたな」
 紫苑は、静かに言う。
 先程と比べて、その声は幾分潤っていた。
「私もいくわ。慣れない左腕だから、殺しちゃうかもしれないけど」
 微笑を浮かべながら、クレアは左腕に握っていたものを肩に担ぐ。
 彼女と同じ背丈をした、鎌を。
「……クレア」
「何?」
「のどあめ、さんきゅ。大分楽になった」
「あら、そのくらい――貴方が私にしてくれたことに比べれば、たいしたこと、ないわ」
 そう言って、彼女は飛び立った。
 その体はすぐに蒼穹に消え、見えなくなる。
 それを見届けてから、紫苑は小さく溜息をついた。
 左手の中には、先程差し出されたのど飴が幾つかある。
「……風よ――彼女に纏わり彼女と共に。彼等に従い彼等を守れ。少女と戯れ少女を守れ」
 小さく呟き、紫苑は笑った。
 空は、相変わらず青い。 
 

           あとがき。
             のどあめはあまり好きではありません。
             舐めるなら普通のあめのほうがすきです。
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