私が彼と出会ったのは、白く冷たい研究所の一室で
 彼は自分のことを『一也』と呼び、
 あの白く冷たい世界から、『私』を連れ出してくれた。

<The World>

 足の下で、島が一つ消えた。
 それは、今私の隣にいる彼の能力だった。
 尤も制御したのは私で、彼自身はその強大すぎる力を制御できないらしい。
 私の手を握り、彼は私に向けて笑いかけた。
「……終わった」
「……終わり?」
「うん。俺達は、もう――人を、殺さなくていいんだ」
 手を握る力が強くなる。
 終わった。
 彼の、その言葉が大きく響く。
 終わった、らしい。
「どうした?」
「……何でも、ないわ」
 彼の手を握り返して、私は考える。
 ……もう、良いかもしれない。
「そう?」
「ええ。これから、どうするの?」
「んー……とりあえず、どっかの国に飛ぶさ。お前が居るなら制御だって出来るし」
 にっこり、笑う。
 その笑顔を見て、私は――もしかしたら造られて始めて――少し、安心した。
 今まで、安心なんていう単語は、知識でしか無かったから。
 別世界の、言葉だから。
 それは、不思議な感覚だった。
「なぁ、ホントに大丈夫か? さっきから……何か」
「何か?」
「何か……っと……ボーっとしてる?」
「違うわ……少し、考え事。今まで考える暇なんて無かったから」
 そう。
 それは、考えては、いけないこと。
 私という存在の意義に関わること。
 でも。
「そうでしょう?」
「んま、確かに」
 これからは、もう、いらない。
 私という存在は。
「それじゃ、そろそろ飛ぼうか?」
 彼は、私の手をもう一度握りなおした。
 私は彼を見る。
 長い黒髪と、同じ色の目。
 きっと、私も同じ顔をしているんだと思う。
「……その前に、言っておく事があるの」
 彼は、少し首を傾げた。
 これから彼に言うことは、きっと、彼を驚かせるだろう。
「私は、消えるわ」
 彼は、目を見開いた。
 それからたっぷり三十秒は固まって、
「は?」
 口の端を歪めた。
「私は、消えるの。もう人殺しを強制されることは無いんだから」
「消えるって……どういうことだよ!?」
「言葉通りよ」
 自分でも不思議なくらい、冷静だった。
 多分、冷静でいれる。
「今、ここでこうして貴方と喋っている私は、本来の『私』……
 製造時の人格を守るため――精神崩壊を防ぐためにいるの」
 私は、それを知っている。
 でも、『私』はそれを知らない。
「その危機が無くなったんだから」
 彼は拳を握り締めた。
「必要の無い防衛機構は……ね」
 そうして、顔を上げる。
 唇を噛み締めて、彼は信じられないといったような表情を見せた。
 ごめんなさい。
 でも、私は必要ないの。
 もう、必要ないの。
「私の居場所は、あの白く冷たい世界なの」
「そんなっ……なんでっ……折角っ」
「……私の変わりに、『本当の』私が出るだけよ。
 ――この世界には、あの子の方が相応しい」
「相応しい相応しくないなんて、そんなの決め付けるもんじゃないだろっ!?」
「……ええ、そうかもしれないわ。でもね」
 口の端を、吊り上げる。
 それが上手く『笑み』になってくれれば良いと、心から願う。
 私を、『私』を連れ出してくれた彼に、心配をかけないために。
「私は、この世界を見れただけで、もう、十分よ」
「っ――!!」
 彼の顔が、くしゃりと歪んだ。
 その頬に手を伸ばして、もう一度、笑う。
「さようなら――かずや」
 ふっ、っと、意識が遠のいていく。
 もう、私が表に出ることは無い。
 それを、改めて、知る。
「――ッ!!」
 彼が、何かを言った。
 それは多分、彼が付けてくれた私の名前で、でもそれは私の名前じゃない。
 私は、『第拾七号・ファースト』。
 ふいに、彼の背中に在った景色が目に飛び込んできた。
 海の青。
 夕日の赤。
 夜の黒と、紫。
 美しい、世界。
 それを見れただけで、私はもう、幸せ。

 さようなら。
 一也。それと、極彩色の世界。

           あとがき。
            世界は、極彩色。
            だから、美しい。
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