<デルタ>

 蝉時雨。
 傾いた、淡いオレンジとも黄色ともつかない光が差し込む日本家屋。
 塀に囲まれた庭に、一人の少年が立っていた。
 緋色の袖なしコートを着、首に包帯を巻いている少年。
「あら翔燕(しょうえん)、来ていたの?」
 少年は日本家屋の方を見る。
 襖が開け放たれた畳の部屋。
 そこに敷かれた布団の上に、女性が体を起こしていた。
 肩にカーディガンを羽織り、柔らかく微笑む。
「ああ――起きて大丈夫なのかい? 海乃」
「ええ。ずっと眠っていて退屈なの」
「……でも、発作は?」
「発作自体はそう起きないのよ」
 蝉時雨。
 差し込む淡い光。
 光が届かない影の中に、女性――海乃はいた。
「鈴も母さんも出かけていて。退屈なの」
「……君を置いて出かけたのかい? いつ発作が起きるのかわからないのに」
「だから。発作自体はもうあまり起きないの」
 くすくすと笑う。
 小さくため息をついて、翔燕と呼ばれた少年は縁側に腰掛けた。
「それで? 外の世界はどうかしら?」
「……この世界は、微妙な三角形で成り立ってるってことがわかった」
 空中で指を動かす。
 その後に、淡いオレンジの線がついてくる。
「どんな?」
「そうだな……まずは、普通の人間」
 ぴ、っと頂点の一つを指す。
 その頂点の色が、青く変わる。
「それから、僕みたいな人じゃないもの」
 二つ目の頂点は、赤く。
「それから――君みたいな、人じゃないものを認めれる人」
 三つ目は、白。
「この三種類のイキモノが、微妙な関係で存在してる」
「それは興味深いわね」
「そう?」
「ええ。その微妙な関係っていうのは?」
 長い髪を揺らし、海乃はこちらを見る。
 小さく笑みを浮かべて、翔燕は青と赤の頂点で織り成される辺の上に指を置いた。
 そこに、光の玉が現れる。
「こんなふうにね、海乃」
 その光の玉が、青から赤へと動く。
「人が、人じゃなくなったり」
 今度は、逆に。
「人じゃないものが、人になったりするからだよ」
「まあ」
「人と違う容姿をした人間は、人じゃないものに成りやすいみたいだ」
「……どういうこと?」
「アルビノ、って知ってる? アルビノは、特に『そう』なりやすい」
「人と、差別されるから?」
「ああ」
 頷き、翔燕は光の三角形を消す。
 蝉時雨。
 淡い光。
「そうみたいだよ?」
「でも――認めてくれる人も、いるんでしょう?」
「まぁね。君みたいな人も、極稀に」
「私はね翔燕。これから先、そういう人が増えて入ってくれる事を願うわ」
「……僕もだよ、海乃。そういう人が居てくれれば、僕らみたいなのも――」
 蝉時雨。
 少年はその先を言わなかった。
「そうだ、翔燕。この間――っていっても、去年ね、鈴の実家にいったの」
「ふぅん」
「そこでね、面白い子と会ったの――鈴の弟で、シェリンフォードって言うの」
「その子がどうかしたのかい?」
「貴方も会うべきよ翔燕。あの子は本当に、優しい子」
「……『人じゃない』僕にも?」
「あの子はそういったことで差別をしないの。だから、ね」
 海乃は笑う。
 翔燕も、笑った。
 淡い光が、色を増す。
 赤い光。
「僕も、会ってみたいな」
「ええ」
 蝉時雨。
「ただいまぁ」
 不意に、玄関のほうから声がした。
 海乃は、翔燕に向けて呟く。
「それじゃあね、翔燕」
 けれども、そこにはもう。
 緋と包帯の、少年は居なかった。
 残されたのは蝉時雨と淡い光。
 そして、空中に残る光の軌跡のみだった。

           あとがき。
             今年の夏は全く蝉が鳴かなかった。
             もう秋なのに……
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