<通勤電車> 窓の向こうはもう闇が落ちていた。 もうすぐ二学期が終わる十二月。 日が沈むのが、早くなったと思う。 俺は電車に乗っていた。 周りには仕事を終えて、家に帰ろうとする人がかなり居る。 恐らくは公務員。 サラリーマンの方々は、身を粉にして働いている時間だからだ。 もっとも――俺はそんな時間に通勤している。 一回着替えるためにマンションへ帰ったが、十月の終わりに同居を持ち出した奴は帰ってきていなかった。 年末のこの時期は割の良い仕事が入るらしく、昼食も夕食も事務所でとるのが多くなってきている。 俺の雇用主であり同居人――神無月陸人。 もっとも俺はというと、学校の宿題を事務所でやるために学校指定の鞄を持っている。 家に帰ってからだと、眠くてできやしない。 依頼人なんて滅多に来ないから、時間を有効利用させてもらっているわけだ。 かたんと電車が揺れる。 ふっと視線を走らせると、学校の制服が目に入った。 俺の学校の。 入り口のコーナーに閉じ込められるようにたっている女子生徒。 視線がやけに泳いでいて、まるで、誰かに助けを求めているような―― (馬鹿らしい) 全く。 どうしてこう大人というのは、自分のことしか考えないのだろう。 俺は溜息と共に、座席を立ち上がった。 この容姿のため、否が応でも目立つからなるべく行動を控えていたのだが、それを言っている場合でもない。 気配を消して歩み寄る。 男の肩越しにそのコーナーを見ると、予想通り。 (痴漢……) 本当に溜息が出る。 頭の中で幾つかの選択肢が現れたが、俺はこの場合、もっとも有効だと思われるのを選択した。 つまり。 犯人を、捕まえる。 体をずらして右手を伸ばし、手首を掴む。 眼鏡の、いかにもエリートですって男が俺を見た。 あー、テメェか。 「コイツ、痴漢」 「なっ……」 「ちなみに物的証拠は無いけど、この国は現行犯だったら逮捕できるっつーとっても便利な法律が存在する」 男よりも先に俺が言う。 男は口を金魚のように開閉させていた。 「つまり、テメェに言い逃れは出来ないってこと」 最後通告。 次の駅で駅員に渡してやると、俺は心の中で呟いた。 次の駅で俺と、同じ学校の女子生徒と、その男は電車を降りた。 俺が事情を説明すると、駅員は男を何処かに連れて行った。 残されたのは、俺と女子生徒。 「あの……和泉君……」 何で名前を知っている。 尋ねる前に――俺は、自分が有名であることに思い当たった。 白髪と赤目。 目立たないという方がおかしいだろう。 「ありがと……」 「別に。ついでに言っておくけどあのコーナー、入らないほうが良い。 一回入ると出辛いし、あーゆーのの対象にもなりやすいから」 「……うん」 何度も小さく礼を言って、その女子生徒はホームの階段を上っていった。 俺はというと、小さく溜息をつく。 二本ほど、電車を乗り過ごしてしまった。 今夜の夕飯は奴の好きな鶏肉のソテーにしよう。 電車を降りる。 ホームには俺と同じく、この駅で電車を降りた人でごった返していた。 いつもより、三十分遅くなった。 俺はそのまま事務所に向かおうと、改札を通り、 「……」 そこで、見慣れた男を見つけた。 長い鳶色の髪と同色の目。 「……陸人」 「ああ、ワトソン君」 遅かったねと奴はいう。 微妙に歯の根があっていなかった。 「いつから」 「十五分くらい前? いつもならもう来てるから……何かあったのかな、って」 ![]() 溜息が出る。 十五分も、この寒い駅に居たのだとしたら。 確実に、馬鹿だ。 「事務所で待ってればいいだろうが」 「だって……依頼人も来ないし。腹減ったし」 「おいおい」 「空のこと、心配だったし」 もう一度、溜息が出る。 馬鹿だ。コイツは。 「今晩は鶏肉のソテーだ」 「ホントっ!?」 「……遅くなったし」 帰りに何処かで買い物していこう。 そう思いながら、俺は出口へと向かった。 |
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あとがき。 修学旅行の時に始めて通勤電車と言うモノに乗りました。 殺人ラッシュという言葉が当てはまるものだと。 この拙い文章に、SIGNALの青条さんが挿絵を描いてくださりました。本当にありがとうございます。 |
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