<鍵穴>

 一人の女がコンソールの前に座り、手馴れた手つきで横から出ているキーボードを叩いていた。
 その後ろに、銀髪の男が座っている。
 男は黙って、女を見ていた。
 女が座っているコンソールは、軍の管制施設で使われているものだ。
 尤も元がそれなだけで、中身は彼女によって大幅に改造されている。
 中身だけではない。
 横から、まるで蟹の足のように出ている六個のキーボード。
 床を余すところ無く覆いつくしたコードの海。
 画面に映る映像だって、既存のものからはとてもかけ離れている。
 それは、到底、この時代では在り得ないものだった。
「ねぇ」
 女が、男に声を掛ける。
 男は小さく笑った。
 声は返さない。
 女は気にせず、続ける。
「そこにいて楽しい?」
「ああ」
「私、話していないわよ」
「そうだな。軽く三時間はそれに向かいっぱなしだ」
「お茶も出してない」
「確かに。つーか俺らって茶飲めるのかよ」
「飲めるわよ。水素と酸素に分解して、それをまたくっつけて、その際に生じるエネルギーを備蓄するの。
 燃料電池発電っていってね、出るのは水だけよ」
「……」
「あ、でも固形物は食べないでね。時間が掛かって余計なエネルギーだけ使うから」
「……なんつーかさ」
「何?」
「説明してもらって悪いんだが全然わからない」
 くるりと椅子を回して女は振り返る。
 その顔は、まだ少女といっていいほどに、若い。
「当然よ。今、この時代にそれを知っている人が居たら、その人はこの時代の人間じゃないわ」
 男は、その目を細めて更に尋ねる。
 その、黄金色の目を。
「じゃ、お前は?」
「伊達に長生きはしてないの」
「……全然わかんねー」
 くく、と喉の奥で苦笑して、男は背伸びをした。
 座っている椅子が軋み、何処からか小さなモーター音がする。
「んで? 何造ってんだドクトル? 少なくとも三日はそれ造ってんだろ」
「ん? まあね」
 女は再びコンソールに向き直り、横から出ているキーボードを叩いていく。
 映るのは、0と1。
「んで?」
「で?」
「何造ってんの? 人工頭脳は今テスト使用中なんだろ?」
「そうよ」
「アンタ今、休暇中なんだろ?」
「当然ね。あんた達三人造ったから、二ヶ月ほど休暇をもらったわ」
「じゃあなんで」
 再び、今度は上半身だけで振り返る。
 東方の血が色濃い彼女の目は、黒い。
「きまってるじゃない――趣味よ」
「……趣味?」
「そう趣味」
 きっぱりと女は言い張った。
「趣味、ねぇ」
 男は口元に意味ありげな笑みを浮かべた。
「……今造ってるのは鍵穴よ。鍵はもう組み込んだ」
「組み込んだ?」
「そう」
 椅子から立ち上がる。
 コードの海を渡り、女は男の前の立つ。
「組み込んだ、のよ」
 その手で、頬に触れる。
 指がゆっくりと頬を撫で、降りていく。
「鍵穴の次は、部屋にしまう宝物よ」
「扉は出来てんの?」
「ええ。もうすぐね、一つの部屋が出来上がるわ。その中には宝物。
 誰もがそれを手に入れたがる。でも無理よ。鍵が掛かってるんだもの」
 くすくすと女は笑う。
 とてつもなく無邪気に。
 とてつもなく邪悪に。
「だから、それまで、この戦争を引き伸ばしてほしいの」
「Ja,Mutti」
 男は右手を伸ばし、女の手に重ねる。
 その手の甲にははっきりと、紅い首無し十字が刻まれていた。
 やがて、画面に文字が映る。
『Ich die Welt beherrschen』
 我は世界を制すもの。
 するりと女の方から白衣が落ちる。
 覗いた両肩には、男の手の甲にあるのと同じ、紅い首無し十字があった。

           あとがき。
             燃料電池発電は、水素と酸素を化合させる際にでるエネルギーを利用した発電方法で、
             現在その低コスト化が進められているらしいです。
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