<手を繋ぐ>
 
 空は青かったのだ。
 こんなにも。
 空を見上げて、サイリはそんなことを思った。
 黒でも白でも赤でもなく青。
 そんな当然のことを、しばらく忘れていた気がする。
「何してんの?」
 視線を少しだけ下げる。
 金髪碧眼の少年が、沢山の紙袋を抱えてそこにいた。
「空を見てるんですよ」
「……なんで、また」
 少年は怪訝そうに尋ねる。
 くすりと笑い、サイリは再び空を見上げる。
「空は、青かったんですね」
「……は?」
 少年の声は思いっきり呆れていた。
 当然だと、思う。
 確かに、それは普通のことだろう。
 でも、いつからか、忘れていた。
 昔は知っていたのに。
 いつの間にか。
「忘れてましたよ――ずっと」
「ふぅん」
 少年も、空を見上げる。
「オレはずっと、知ってた」
「……そう、ですか」
「それしか見るものなかったから。ずっとそれだけ見てた」
 視線を動かす。
 空の青が、こちらを見ている。
「でも、ある日」
 少年の唇が、笑いの形を作る。
「破天荒無神論者神父が、窓からやってきました」
 その目に映る自分が、驚いた。
 少年――カインは、更に続ける。
「その破天荒神父は、銃で人を殴った後、オレに手を差し出してきました」
「……」
「オレはその手を取りました」
「……それって」
「その神父は、オレにいろんなものを見せてくれました」
「私、ですか」
「Yes.」
 にししとカインは笑った。
 その笑い方は少しだけ、自称カミサマに似ていて。
 神様は皆そういった笑いをするのかと、サイリはそう思った。
 もちろん、口には出さないが。
「ホントさー、嬉しかったよ? オレ」
「……そう、ですか?」
「そう、ですよ」
 右手を高く掲げる。
 同じ色の瞳で空を見上げ、
「だってあの時、サイリが手ぇ繋いでくれなきゃ」
 少年は言う。
 声は何処までも明るくて。
 声は何処までも澄んでいて。
 その、過去にあるものなど一欠けらも覗かせない。
「オレ、いまだにあそこで『神の子』名乗らされてたよ」
 それに、とカインは続ける。
「今だって、オレのこと旅に誘ってくれたし」
 カインが抱えている紙袋。
 それに入っているのは、今回の旅に必要なもの。
「まじ、さんきゅ」
 サイリを見上げて、笑う。
 空を仰ぎ、サイリは小さく呟いた。
「……礼を言うべきなのは、こっちですよ……」
 再び空の青さを思い出させてくれて、ありがとう。
 もちろん、声には出さない。
「え? 何?」
「いいえ。たいしたことではありませんよ? ただ、今晩は何でしょうか――って」
「今日はジーンのリクエストでハンバーグだよ。サイサリスがそう言ってた」
「そうですか。楽しみですね」
「うわー、意外。アンタがそんなこというの」
 そう言ったカインに、サイリはにこりとしか形容できない笑みを向けて、
「どれほどの腕前か」
 そう、言った。
 カインは、乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。
「うわー」
「さぁ、帰りましょう?」
 右手を、サイリは差し出す。
 かの日と同じように。
「ん」
 カインも、かの日と同じように、手を取る。
 骨ばった、しかし細い手は、冷たかった。
「知ってるサイリ」
「はい?」
「手ぇ冷たい人って、心が温かいんだって」
「……嘘ですよ」
「え?」
「だって私は冷たいですから」
「……嘘吐き」
「本当ですよ」
 カインはサイリを見上げる。
 最近浮かべることが少なくなった、目の笑っていない笑み。
 自分を自嘲する、笑み。
 そんな笑みを浮かべないでほしいと、カインはいつも思う。
 けれどもそれは、彼の生き様を現しているらしいので。
 肯定も出来なければ、否定も出来ない。
「……まぁ、いいや」
 繋いだ手は確かに在るから。
 溜息を一つつき、カインは歩き出した。
 今日の晩御飯は、ハンバーグだ。

           あとがき。
             綺麗な指の人に憧れる。
             大きな手の人にも憧れる。
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