『Man Always Requires Love Because Of Romance Only』
 "男はいつも恋を思い出す。男には恋愛が大切だから"

<マルボロ>

 その日はとても天気が良くて、授業を受ける気にはなれなかった。
 天気のよささえも恨めしかった。
「あー……やるせねぇ」
「何がだよこの不良学生」
 ぼそりと呟いたその言葉に、まさか言葉が返ってくるとは思っていなくて。
 俺は思わず振りかえってしまった。
「普通朝からサボルか? 授業」
「……センセ、保健室にいなかったんじゃないですか」
 俺の後ろにいたのは、養護教師である馬車鹿那(まぐるまかな)だった。
 若くて美人なので生徒たちには人気がある。
 ――尤も、俺に言わせればただの不良教師だが。
「何お前、保健室に来たの?」
「はい」
「んじゃ、今ここで聞こうじゃないか。どうした? 腹痛か? 頭痛か?」
「心の痛みッスよ」
「……」
「……」
 失敗した。
 目の前で、不良教師が必死に笑いを堪えている。
 こいつの前で真面目に言った俺が馬鹿だった。
「お前、バカか?」
「…………馬鹿は先生っすよ」
 ぴしりと、不良教師の表情が凍った。
 そして次の瞬間、俺の頬は見事に左右に引っ張られていた。
「ひはひひはひひはあああああああひっ!!」
「ああ、何? 『馬鹿は僕ですゴメンナサイ』? よし、許してやろう」
「…………誰もそんなこと言ってねぇよ」
「……何か言ったか?」
「何も言ってません」
 溜息を付きながら、俺はそう言った。
 これ以上わざわざ墓穴を掘ることもない。
「んで、心の痛みとやらは一体なんだ?」
 不良教師はポケットからマルボロを取り出して火をつける。
 紫煙が真っ直ぐ立ち昇っていく。
「……えっと……誰にも言わないでくださいよ?」
「ああ」
 足を組んで息を吐く。
 ただそれだけの動作なのに、この養護教師がやると様になるのは何故だろう。
「フられました」
「……は?」
「だから……付き合ってた奴に振られたんすよ、俺」
 …………嗚呼。
 何で俺はこの女に相談しようと思ったのだろう。 
 今、必死で笑いを堪えているじゃないか。
「御愁傷様」
「……ええ」
「んで? 何って言われたんだ?」
「『他に好きな人ができました』」
「そらまた酷いこと言われたな、お前」
 くく……と喉の奥で笑い、煙草を唇から放す。
 どうして酷いと言いきれるのだろう。
「どうして酷いんですか?」
「だってさ、『貴方に付き合いきれない』とか『貴方が嫌い』ならまだいい。
 ハッキリとした意思表示だからな」
「……はぁ」
「けれども、『他の人ができました』だと、嫌いになったわけでもないだろう?
 何処をどう比べて他の奴が好きなんだろう」
 俺は答えれなかった。
 それがわかっていたのか、不良教師は少しだけ笑い
「まぁ、お前が振られたのは事実だからな」
 と付け足してきた。
 それでも、俺には十分だった。
「……先生、ありがとうございます」
「いーって。お前、マルボロの意味知ってるか?」
 不意に不良教師が尋ねてくる。
 俺はそんなこと知らないので、首を振った。
「『Man Always Requires Love Because Of Romance Only』
 "男はいつも恋を思い出す。男には恋愛が大切だから"」
「……知りませんでした」
「うん。マルボロにはいろいろと意味があってな」
 先生は意味ありげに笑う。
「お前も吸う?」
「……イタダキマス」
 中学生が煙草を吸ってはいけないという事を、俺も先生も知っていた。
 けれども俺は、それを一本貰った。
 火をつけて、息を吸う。
 思ったより――煙たくはなかった。
「……ま、良い思い出にしておけ」
「……あい」
 腕時計を見ると、授業終了五分前だった。
 先生もそれを知っているらしく、俺に笑いかけた。
「取り敢えず、保健室に来るか?」
「…………はい」
 先生の後をついていきながら、俺はふと空を見上げた。
 先程までの恨めしさは消えていた。

           あとがき。
              『Where is God』ではないオリジナル。
              煙草は二十歳になってから吸いましょう。
BACK