<遠浅>

 酷く淡い色に吐き気がした。
 何処までも淡い水色の空。
 拘束されている真白い部屋の、ただ一つの窓から見える景色。
 何気なくそれを見やって、彼は眉をしかめる。
 銀色の髪と、黄金色の目。
 手首には重苦しい鉄の手錠。
 毎年新しいものに変えられるそれはたいして役に立っていない。
 彼が本気を出せば、そんなもの簡単に壊せてしまうからだ。
 けれども彼はそれをしない。
 そんなことは面倒くさいだけだからだ。
 白い壁に背を預けて空を見上げる。
 単調な水色の空。
 本当に吐き気がする。
「……嘘くせぇ」
 見上げる空に青は無い。
 浅瀬のような水色がそこにあるだけだ。
 遠くまで続く浅瀬。
 遠征でみた景色がそのまま空にある。
 何年前になるのだろう。
 もしかしたら何十年になるのかもしれない。
 青い空は姿を消した。
 残ったのは、淡い水色の平坦な『空』
 彼はそれが嫌いだった。
 けれども、この真白いだけの部屋の中で、唯一変化するものはその『空』しかなかった。
 黄金色の目を細める。
 格子のはまった窓に、小さな影が飛んでくる。
 茶色の、小鳥。
 格子をすり抜け、白い部屋の中に入ってくる。
 小首を傾げて彼を見た。
「……」
 声を出さないで、指先だけを動かす。
 首にはナンバープレートが付いていた。
 恐らく、研究所の何処からか逃げ出してきたのだろう。
 鳥というイキモノは、今はもう殆ど残っていない。
 そしてその全てが、研究所にいる『実験動物』だ。
 かつて青い空を自由に飛んでいた鳥は、もういない。
「…………なぁ」
 ちち、と小鳥は鳴いた。
 人になれているところを見ると、やはり、実験動物のようだ。
「お前、さぁ」
 小首を傾げて、彼の指先へと飛んで来る。
「……………………」
 その小さな体を、片手で握って。
「……………………」
 無言のままその手に力を込める。
 骨の折れる音と、断末魔の悲鳴。
 ぽとりと、首が白い床に落ちた。
 白に広がる赤。
「……」
 手に付いた赤い血を見て、彼は、唇の片方だけを吊り上げた笑みを浮かべた。
「……やっぱさぁ、お前等は青い空にいるべきなんだよ」
 首の取れた体を落とす。
 まだ暖かいそれは急速に冷たくなっていく。
「こんな浅い空じゃなくて」
「何をしている、アイウント・フィルツィヒスト!」
 扉が開いて、白衣を着た男が入ってくる。
 その男は鳥の首を見て驚いたようだ。
「……さぁ。入ってくるほうが悪いじゃん、コイツ」
 そういって、指先で首をつまみ上げる。
 男が眉をしかめた。
「用は、それだけ?」
 憤慨したのか、勢いよく扉を閉めて研究員は出て行った。
 彼は――アイウント・フィルツィヒストは再び空を見上げる。
 相変わらず淡い色の空。
 吐き気がした。
「……くたばっちまえ」
 久しぶりに吐いた暴言は、単調な空に消えていった。

           あとがき。
             遠浅。読めません遠浅。
             意味的には、「遠くまで続く浅瀬」ってことらしいですけど。
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