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<バレンタイン>

『今年の売れ行きとして』
 ぴ。
『やはり、義理チョコも』
 ぴ。
『はいこちら』
 ぷつん。
 それまで騒いでいた箱が静かになった。
 空はキッチンからリビングを眺める。
 ソファの背もたれから見える、黒い髪。
「どうした?」
 食器を洗う手を止めて尋ねると、黒い髪の主は振り返ってこちらを見た。
 首の後ろで束ねた尻尾がはねる。
「どこも同じなんだよ。つまらない」
「だったらお前も買い物に行けば良かっただろうが」
「ん~面倒くさい」
「おい」
「だってさぁ、唯の下着買いにいったんだぜぇ? 俺居辛いじゃん」
「……陸人と?」
「唯が一人で買いに行くと思う?」
「…………そうだな。愚問だった」
 何処か遠くを見ながら空は呟いた。
 増えた家族の為に、家主は服を買いに行った。
 しかしその内容までは――空は知らなかった。
「それに、今日、バレンタインなんだって」
「ん……ああ」
「どうせ混んでるから行かなかった」
 手を拭いて空もリビングへと向かう。
 近くにあったクッションを抱え込んで、一也はむぅともうーんとも付かない声を上げていた。
「まぁ、お祭り騒ぎだからな」
「当日になって買う人多いんだな」
「義理なんてそんなもんだろ」
「空は貰ったことある?」
「まぁな」
「嘘だぁ」
「別に信じなくてもいいが」
 横目で一也を見る。
 一也もこちらを見ていた。
「すっげーおかしいと思うんだけど」
「何がだ」
「だってさぁ」
 背もたれに寄りかかり、宙を見上げて一也は言う。
「今日って、人が死んだ日なんだぜ?」
「……今日に限らず人は死んでると思うが」
「違う! どっかの国で、兵士の結婚を秘密に行ってた神父がさ、殺された日。
 ホントはその人を忍ぶための日なんだぜ?」
「はぁ」
「だけど、この国じゃお祭り騒ぎ」
 変じゃん、と呟く。
 溜息を一つついてから、空はそんな少年の頭をかき混ぜた。
 目を丸くしながら、一也は空を見上げてくる。
「まぁ由来なんて何処もそんなものだろ。
 日本じゃクリスマス祝って一週間もしないうちに神社参拝するんだから」
「だからさー」
「良いんじゃないか? 別に。そういった日なんてきっかけみたいなものさ。
 クリスマスは家族や恋人と過ごす日。正月は一年の始まりを――やっぱりそんな人たちを過ごす日。
 バレンタインだって、好意を伝えるための日ってことになってんだ」
「……」
「その神父がやったことだって、きっかけに過ぎないんじゃないか?」
「…………そうかも」
 クッションを抱えて、一也は小さく呟いた。
 視線は何処も、見ていないような気がした。
 そんな一也を見ながら、空は立ち上がった。
 本日の夕食の、準備をするために。

           あとがき。
             バレンタインの由来は結構有名だと思うのですが。
             命を掛けた聖職者。どっかの似非神父に見習わせたいです。
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