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<年中無休>

 旧市街から少し離れたところに、その店はある。
 戦争で壊された様々な物の中から使えるものを拾いだし、必要があれば修理する。
 そうして生計を立てる、俗に言う『何でも屋』。
 Kleinigkeit――クライニヒカイト。
 それが店の名前だった。
 青年と少女によって営まれているその店は、なかなかに繁盛していた。
 戦争が終わった今、どこも物資が足りない状況に変わりは無い。
 市街地はもちろん、山を一つ越えた町からも客がやってくる。
 それが今の、この世界の状況。
 そしてその日も、一日の営業を終えた店は看板をしまう。
 左手だけで器用に看板を担いでいるのは、茶髪の青年。
 その青年の右腕、肘から先は、丸い砲状になっている。
 首をめぐらせて青年は漆黒の闇を見据える。
 否、闇ではない。
 人ではない彼には、その闇の中にある物がしっかり見えていた。
 壊された旧市街。
 戦争で壊されたそこにはまだ、電気は通っていない。
 どこか心苦しさを感じながらも、彼は右手を頭に添えた。
 自分たち機械人間が壊してしまたのだ。
 この街も、この世界も。
 そのまま看板を店の中に仕舞い、扉を閉める。
 そして、深く溜息をついた。
 暗い中でも彼はどこに何があるか分かる。
 そのことで改めて、自分が機械であることを認識する。
 がしがしと頭をかきながら、足元に転がっている廃棄品をよけて歩く。
 途中でがつんとか言う音がしたが、あまり気にしない。
 暗い廊下を歩いていると、ドアの隙間から明かりが漏れているのが見えた。
 もう一度溜息をつく。
 ドアに手をかけて開ける。
「おい、セン」
 ドアから半身を出して部屋の主の少女を探す。
 光源のランプは、部屋の中心にあるテーブルの上に。
 部屋の主の少女は、窓際にいた。
 彼が作った椅子に腰掛け、頬杖をついて窓の外を眺めている。
 窓に硝子は無く、ただ木の雨戸がついているだけだ。
 部屋の温度が外と変わりないことに青年は気付いていた。
 青年は静かに扉を閉めた。
 足音を消して、少女に近寄る。
「まだ、起きてたのか?」
「うっわジークフリート?」
 すぐ後ろで声をかければ、少女――センは驚いたような声を上げた。
 実際驚いたのだろう。
 黒い双眸を見開いて、青年――ジークフリートを見上げる。
 だぼだぼの白いTシャツから覗く腕は冷えているように見えた。
 それでも、それを。
 冷たいということを、感じないのだと。
 いつかセンが言っているのをジークフリートは思い出していた。
「驚いた」
「明日も早いんだろ」
「……うん。明日は街までいかなきゃいけないから」
「体、ついていけないだろ。だから眠っとけ」
「…………うん…………」
 椅子から立ち上がり、首だけを動かして窓の外を見る。
 ぽっかりと口を開けた黒い窓。
 その向こうは、やはり闇。
 自分ほどではないが、センにもその向こうが見えているらしい。
 じっと、闇の向こうを見つめる。
(っ……)
 それを見ていたジークフリートは、出かけた言葉を必死に飲み込む。
 この店を開いたときからずっと、夜、センはそうしている。
 彼が眠れというまでずっと、窓の外を眺め続ける。
 今までずっと。
 そして、恐らくこれからも。
 居た堪れなくなっても、掛ける言葉が見つからない。
 視線を足元に落とし、右肘を強く抱く。
 金属の砲身。
 彼女の同胞の、右腕だったモノ。
 彼女が闇の向こうに望むものが何か、ジークフリートは知っている。
 知っているから、何も言えない。
 そうこうしているうちに、センは木の雨戸を閉めた。
 ジークフリートを見て、笑う。
「おやすみ」
「……ああ」
 木で作ったベッドに入り、シーツに包まる。
 シーツから顔だけを出して、また笑う。
「ランプ、消してくれる?」
「ああ」
「それとね、ジークフリート」
「んだよ」
「……いいや、なんでもない」
「言え」
「いいよ、なんでもないことだし」
「言え」
「…………」
 ふぅ、と溜息をつく。
「なんで、この店の名前――あれにしたの?」
「なんとなく」
「……なんとなく?」
 頷く。 
 何処か安心したような表情をセンは浮かべた。
 それを見てから、ランプに手を伸ばす。
 部屋に闇が落ちる。
「おやすみ、ジークフリート」
「んああ」
 薄暗がりの中、迷うことなく手を伸ばし、ドアを閉める。
 深く息を吐いて、背中をドアに預ける。
 再び右肘を抱いて、空を仰ぐ。
 先程センに訊ねられた、この店の名の由来。
 それは、右腕から吸い上げた『彼』の記憶にあった物だ。
 銀髪の青年と、金髪の女性。
 二人の会話から。
「……おやすみ、セン」
 せめて夢の中だけでは。
 そう思いながら、ジークフリートは再び歩き始めた。
 暗がりの中へと。

『戦争終わったら、どうしたい?』
『……とりあえず』
『とりあえず?』
『ジャンク屋――戦争が終わったらきっと、いろいろな物が必要になる、だからジャンク屋を開く』
『そっか』
『お前はどうする?』
『あたしはねぇ……そうだ。あたしも、そこで働いて良いかな?』
『……構わない』
『じゃあ決まり。店の名前、どうしようか』
『随分と気が早いな』
『いいじゃない。んと何ていったかしら……くら、くらいひかい、て?』
『……Kleinigkeit?』
『そう、クライニヒカイト! いいと思わない?』
『…………ああ、そうだな』

「……あいつはアンタ等を待ってんだよ。フィーア、ツヴァイ」
 ぽつりと呟く。
 誰に聞かせるでもなく、自分に。
「早く来いよ…………」
 頭に思い浮かべる。
 銀髪の青年を。
 金髪の女性を。
 少女の同胞である、二人を。
「早く……」
 毎晩繰り返す呟きは、未だ叶わない。

           あとがき。
             どうやら私は、『アメアガリノソラノシタ』関連の話を書く時には奴等二人を出さないといけないようです。
             ネタバレ……入ってないとは思うのですがどうでしょう。
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