<ジャックナイフ>

 からからと、耳慣れた音が近づいてくる。
 それは同居人の少女が引く荷車の音であり、ニ・三日に一度は耳にする音である。
 当然今まで何度も聞いているわけで、いつもなら無視するところだ。
 ただ、今日は違った。
 音が軽いのだ。
 いつも少女は、これでもかというほど荷車に廃品を積んでくる。当然、音も重い。
 けれども今日は、重さを感じない程度の――とても軽い、音。
 窓から顔を出す。
「セン」
 俯いていた少女は、はっとしたように顔を上げた。
 まずい、というような、そんな表情を浮かべる。
「どうした?」
「あのね、ジークフリート」
 荷車を引いて、こちらへ。
 その中には何も入っていない。
「あの」
「何だよ」
 『何も』入っていないのではなかった。
「この人――治せる?」
 荷車の中には、金属とコードで出来た『何か』が入っていた。
 四肢と頭をそろえた人型の、しかし金属で出来た何か。
 ジークフリートはそれに見覚えがあった。
 戦時中、何度か、見た、それは。
「ジャックナイフっ……」


 胸部を開けば、あるべき機関の半分がなかった。
 残っている物も錆付き、到底元通りには出来そうにない。
「っそ……」
 口の中だけで悪態を付く。
 足りないパーツを瞬時に計算し、『無理』だと結論を出す頭が忌々しかった。
 無理だ、もうやめろ。
 作られた頭はそう結論付ける。
 けれども、ジークフリートは止めなかった。
 配線を繋ぐ。
 じぃ……と、低く、音がなった。
 その『何か』の目に、光が灯る。
「センッ!!」
「治ったっ!?」
 名前を呼べば、少女は転びそうな勢いで走ってくる。
「……一応、でも」
 長くは持たない。
 そうは言えなかった。
 少女は、『何か』の手を握る。
 ランプが少しだけ明るくなり、すぐに消えた。
 もう、音も何も無かった。
 しばらく手を握り締めていたセンだったが、唇を噛み締めながらその手を降ろす。
 小さく、ジークフリートは溜息を付いた。
 右手でドライバーを引き寄せ、その胸部の螺子を外す。
 センが目を見開く。
「何……するの?」
「バラす」
「なっ……」
「こいつはもう動かない。でも、まだ使える部品はある」
「やめっ……何でそんなことっ!!」
「…………お前は、知らないだろうけど」
 作業台に腰掛け、ジークフリートはセンを見下ろす。
 その目は怒気を孕んでいる。
「こいつ等はジャックナイフ――少なくとも戦時中は、そう呼ばれていた。 
 俺等戦闘用機械人間と違って、奴等は人の中に紛れ込んでた。俗に言うスパイだ」
「……」
「ラバーが剥がされてるトコ見れば、きっと、ばれたんだ。機械だって」
「……だから?」
「違う。いいか、人の話はきちんと聞け。
 その前、戦争が始まる前、連合と帝国の関係が良好だったころはな――奴等はイシュタルって呼ばれてた」
「……」
「人と一緒に暮らして、人と一緒に悲しんで、喜んで――戦闘用機械人間と違って、感情まで在った。
 それが戦争が始まってみろ。スパイとして、今まで一緒に過ごしてた人間を裏切らないと行けなかった」
「……」
 俯くセン。
 その頭に、左手を乗せる。
「だからな。俺は、コイツをもう一度人と暮らさせてやりたい。ラジオとか、そんなぱっと見て分からないものに隠して。
 だって……悲しすぎるだろ?」
「……うん」
 センはジークフリートの左手を握る。
 震える肩を、右手で抱き寄せる。
「だから、泣くな」
「っ……ん」
 頬を涙で濡らしながら頷くセン。
 やっぱり愛しいとジークフリートは思う。
 けれどもその想いは、そっと胸の中にしまっておいた。

           あとがき。
             今ジャックナイフが欲しいです。
             近場のテナントで2000円くらいのが売ってるんです。
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