川が光を反射して輝く。
 魚は全く釣れない。
 けれども、その時間は無駄じゃない。

<釣りをするひと>

 朝からサイサリスはばたばたと走りまわっていた。
「……何してるの?」
 怪訝そうにサイサリスを見、ジーンは尋ねる。
 読書の邪魔をされたので、険のある声だった。
 それでも彼はジーンを見ることなく、答える。
「釣り針探してんの。二十年くらい前にはここにあったんだけど」
「釣り針? 釣りでもするの?」
「うん」
「何でまた、急に」
 その問いに、サイサリスはやっと振りかえった。
 顔には笑みが浮かんでいる。
「魚が俺を呼んでいるのさっ!」
「…………バカ?」
「酷いよジーン。そんなミストみたいな事言わなくても」
「ミストじゃなくても言うよ、それ」
「うー……」
 叱られた子供のように、サイサリスは低い声を洩らす。
 自分よりも子供のようだと、ジーンは密かに思った。
 それを声に出すような真似は、決してしない。
「……オイラも行こうか?」
 ジーンの提案に、サイサリスは顔を綻ばす。
 それがやはり子供のようで、苦笑しながらジーンは外套に手を伸ばした。


 午後の光は柔らかく、温かい。
 水面がその光を反射しながら流れていく。
 ジーンはそれを、ぼんやりと眺めていた。
 魚は全くと言って良いほど、釣れない。
「……ねぇ、サイサリス」
 何となく、隣にいる青年に話しかけた。
 釣り竿を持ったまま、何処か遠くを見ている。
「んー?」
「ホムンクルスって知ってる?」
「あー……あの、蒸留瓶の中で生まれる小人の事ね。
 ルーゼが似たようなことやってたよ。あっちはクローンだけど」
「クローンと何が違うと思う?」
「……クローンはその遺伝子有者から作られるけど、ホムンクルスは純粋に『造ら』れるから」
「うん。蒸留瓶の中でしか生きられないって話しだし」
 ジーンは内心、喜んでいた。
 自分との会話に付いて来れる人間が、以外と近くにいたからだ。
 ミストとこういう話をしたことはあまり無い。
 彼女はとても忙しいので、そんな彼女を煩わせることをしたくないのだ。
「錬金術は『完璧』を求めるんだよね…………賢者の石とか」
「賢者の石……完璧な物質で、鉱石を金に買えるってヤツ?」
「そ。あとは人々の病を治したり……とかね」
「なんかアゼルが喜びそうなブツだなぁ…………」
 ぽつりと呟かれたその言葉に、ジーンは苦笑する。
 この金髪の青年は、代償を払えば答えをくれる。
 曖昧に言葉を濁す老僧達より、よっぽど親しみやすかった。
 この場合、代償は『情報』だった。
「実はねーオイラは厳密には錬金術師じゃないんだよ」
「へーそりゃ初耳ー」
 ふざけた口調で言うと、サイサリスも似たような口調で返してくる。
「うん。初めて言った」
「でも、傍目に見るぶんには錬金術じゃない?」
「錬金術は一瞬で終わらせるものじゃない。何ヶ月も掛かってやっと完成するモノだよ。
 オイラの基本はじいちゃんから教わった錬金術だけど、ミストの方に似てる」
 小さくサイサリスの肩が揺れた。
 『ミスト』と言う単語に反応したのだろう。
「ミストは――ミストも、錬金術師じゃない」
「……ミストの親父は錬金術師だった」
「うん。ミストから聞いた。サイリもそう言ってた。
 でもね――ミスト、練成するの一瞬じゃん? あれはオイラと同じで錬金術じゃないんだよ」
「…………初耳」
 サイサリスはジーンを見る。
 たった八歳の少女の口からでる言葉ではないなと、内心呟いた。
「それが何かは判らない…………けれども、それは確かに存在するんだ」
 魚が跳ねた。
 けれども、二人はそちらを見ない。
「…………カミサマの目から見て、それはどう思う?」
「……思いっきり難しい質問しやがって…………ルーゼより性質悪ぃ…………」
「あははー、気にしない気にしない」
「…………ジーン、サイリに似てるって言われないか?」
「いや、全然」
 皮肉めいた笑みを浮かべるジーンに軽く溜息を付き、サイサリスは少しの間思案する。
 その間に、また魚が跳ねる。
「やっぱりヒトは日々変わっていくものなんじゃない?」
「変わっていくもの?」
「そ。カミサマはヒトの派生なワケだし
 ――この世に永遠に留まりつづけるものなんて、賢者の石くらいじゃない?」
「カミサマ…………は?」
「カミサマだっていつかは死ぬ。それがヒトより遅いだけ」
 サイサリスは竿を上げる。
 糸を器用に竿にまきつけ、立ち上がった。
「魚、全然釣れないから帰ろうか」
「…………逃げたな」
「何のコト?」
 目を細めるサイサリスを半目で睨み、ジーンは大袈裟に溜息を付いた。
「今日の晩御飯、何にしようか」
「うーん…………肉」
「完結すぎるよジーン…………ま、いっか」
「…………ねぇ、サイサリス」
「んー?」
「また、釣りに来よう」
「うん。今度は釣ってやるぜ」
 意気込みを語るその様子に苦笑しつつ、幼い錬金術師もたちあがった。
 魚がまた、跳ねた。

           あとがき。
              釣りをしていると、時間がゆっくり流れていくような気がします。
              例え魚が釣れなくても、過ごした時間には無駄なんて無いんです。
BACK