さらさらさらり 君を亡くした世界は 君を失くして さらさらさらり <砂礫王国> 頭領はにやりと笑みを浮かべた。 護衛の最後の一人が血を撒き散らしながら、荒野に倒れていく。 御者と神父は既に血の海に沈み、乗り合わせていた修道女達は向こうで慰み者にされている。 街から街へと物資を運ぶ定期運送馬車。彼らはそれを狙う盗賊だった。 何でも慰問だかがあるらしく――今回は、余計な『荷物』まで一緒だったが。 甲高い引きつった鳴き声を聞きながら、頭領は馬車を見やる。 裏に流せば、法外な金額が簡単に手に入る。 食うに困らないどころか、しばらくは遊んで暮らせるだろう。 「頭領」 「あぁ、どうした?」 「それが」 言葉をにごらす部下。 その視線の先には、幌つきの荷台。 「まだ、いました。女です」 「そうか」 短く答えて、彼は荷馬車に向かう。 何故わざわざ『荷』馬車に乗っているのか。 ただ単に興味がわいたのだ。 薄暗い幌の中には、既に三人男がいた。 その視線の先には、青と白。 「……年寄りじゃねぇか」 「いや、違うんですよ頭(カシラ)、髪の色はアレですが、まだ若いんで」 男の一人が近寄って、無理矢理こちらを向かせる。 確かに、年は若いようだった。 しかしその髪の色は白く――顔の左半分を鬱陶しく伸びた前髪が覆っている。 血のように赤い瞳が、ぼんやりこちらを見上げていた。 その腕に、何か、包みを抱えていた。 にたにたと厭らしい笑みを浮かべる部下達を眺め、頭領は小さく笑みを浮かべた。 「品を汚すなよ」 それだけ告げれば、男達は一斉にその修道女に近付いた。 無理矢理押し倒されたらしく、胸に抱えていた包みがごろごろと転がる。 「はは、こいつ、螺子が緩んでるぜっ!? 何の抵抗も返さねぇ!!」 笑った男の頭が破裂し、血と脳漿を撒き散らして配給品を汚した。 「……は?」 唖然とする男達の前で、白髪の修道女が体を起こす。 その手に握られたのは、単発式のリボルバー。 露になった太腿には、それまで銃をしまってあったと思しきホルスター。 どさり、と音を立てて今更のように、男の体が倒れた。 「……うぜぇ」 低い低い声が、荷馬車の中に響き渡った。 ゆらりと立ち上がる修道女。 その際に、反対の太腿からもう一つの銃を取り出した。 たんたん、と二発の銃声。 近くにいた男が、血を撒き散らしながら倒れていく。 「うぜぇ、うぜぇ、うぜぇ……人が黙ってりゃ、勘違いしやがって」 不思議なことに、その青い修道服には血痕の一つも付いていない。 顔を上げた修道女は、笑っていた。 「っはははは、あはははははははははははははははははははははははははは!!」 溢れる哄笑に、男達は揃って一歩後ずさる。 頭領の踵が、先ほどまで修道女が抱えていた包みを蹴飛ばしたのは本当に偶然だった。 ごろごろと布の中から現れたのは、 青みを帯びた銀髪と、空ろに開いた薄い青い瞳を持つ、 子供の、生首。 「っひ――!?」 首の断面からは――色鮮やかな、機械のコードが見えている。 それが男達の混乱をいっそう煽る。 「踏むなよ、大切な仲間なんだ」 そう言う修道女の声は、相変わらず笑っていた。 荷馬車の中は血で溢れ、腥い。 そんな中で。 「相変わらずご機嫌だなここはっ、何時まで経っても変わらない」 けたけたと笑い、すっと右手を水平に構える。 一瞬のうちに相手が何をしようとしているのか悟り、頭領は身をかがめた。 頭の上を銃弾が通り過ぎていく。 「このっ」 繰り出した拳は、あえなく片手で受け止められた。 その拍子に、右の前髪が浮き上がる。 空の眼窩と、薄く肉の盛り上がった傷跡がそこに在った。 空の眼窩と赤が笑う。 「ばいばい」 腥さは更に増し。 誰も動くものの無くなった荒野に、紫煙が立ち昇る。 修道女の服を着た白髪の人間は、ぼんやりそれを眺めていた。 膝の上に、子供の生首を乗せて。 「ったく……お前も最悪な命令だしたよなぁ」 ぼんやり視線を子供に向けた。 子供の空ろな目は、もう二度と光を映さない。 「アインス」 白髪はゆっくり目を閉じて、彼の言葉を思い出す。 しんと静まり返った廃墟の中、震えながら泣きながら。 『僕の頭の中は全部機械だ。それでも、皆はアインスだって認めてくれた』 『でもね、ノイン』 『僕が生きてる限り、君達の居場所は全部筒抜けなんだ』 『……最後に、一個だけ命令を出すよ。特別遊撃隊司令官・アインスとして』 『センの無事を確かめるまで、死なないこと』 『僕がいなくなったら、君は間違いなく自分で死を選ぶだろうから』 『死んじゃダメ。僕たちはともかく、あの子は……名前を持ってるから』 『大丈夫、君なら、なんとかあの子の所までいけるから』 『うん、命令。破らないでね』 『……ばいばい、ノイン』 震える手で持ち上げた、四十五口径の対戦闘用機械人間破壊銃の銃口はこめかみに。 耳を劈く破裂音の後、彼の頭は転がった。 赤い血は、流れなかった。 「セン、か」 前髪で隠れた左の眼窩、それを掌で覆う。 そこに、廃品の山が見て取れた。 色素の薄い髪をした、背の高い男も。 特別遊撃隊、その中でも「第九位(ノイン)」と「第十位(エルフ)」の間だけにある特殊機能。 索敵用「第十位」の見ている光景は、本人の意識に関係なく「第九位」に送られる。 彼女の見ている光景、それだけが彼女を探す手がかりだった。 「エルフ・セカンド」――セン。 「さて、と」 煙草を投げ捨てて、修道女――修道服に身を包んだノイン――は立ち上がる。 足元に置いていたベールを被り、アインスの頭部を布で包む。 砂礫の細かい破片の向こうに、灰色の街が見える。 特別遊撃隊――それも、フィーア・ツヴァイ・センが最後に立ち寄ったとされる街。 灰色の向こうには緑が見えた。 国境の山が近いらしい。 「……何時になったら会えるのかな」 センを見つけるまで、自分は死ぬことさえ叶わない。 彼女がいるあちらの世界には、いけない。 「エルフ」 独白は荒野の風に乗って、遠くに運ばれた。 さらさらさらり 君を亡くした世界は こんなにも崩れ落ちて まるで指の合間から抜ける砂 さらさらさらり いつかは俺も さらさらさらり |
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あとがき。 生きてました。 愛しい人を失った後は、世界はさらさらと崩れ落ちて。 |
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