自分を閉じ込めていた白い部屋には、高い位置に窓が一つだけ。
 そこから見える青い空は、子供の俺にとってまさに自由の象徴で。
 手を伸ばしても届かないとは知っていながら、それでも、俺は――

<洗濯物日和>

 いつもの洗濯物を干しに庭に出れば、いつもより見事な天気で。
 ついでにシーツを干そうと、そう思った。
 家中のシーツをかき集めて、洗濯機にまとめて入れて。
 洗濯機が音を立てている間に、いつものように掃除を済ませた。
 ぐっと背伸びをして、サイサリスは昼食に関して思考を巡らせた。
(今日はミストがいるから、ミストの好きなものにしようかな)
 考える先から頬が緩んでいくが、誰もそれについては言及しない。
 自分の料理を「美味しい」と言ってもらえることの、何と嬉しいことか。
 料理が趣味であるサイサリスにとって、それは最大の賛辞であった。
(……喜んでくれるといいな)
 そう思い、脱水を終えた洗濯機からシーツを取り出す。
 足元においてあった籠の中にそれらをいれ、リビングへと向かう。
 庭に出るためには、リビングを横切らなければならないのだ。
「っと、ミスト?」
 籠を抱えたままソファーの脇を通れば、家の主がそこに横になっていた。
 読みかけの本は、胸の上に伏せられている。
 いつも咥えている煙草は灰皿の上に押し付けられていて、もう煙は立ち上っていなかった。
 どうやら、眠っているようだった。
 起こさないように足音を殺し、庭に向かう。
 物干し竿にシーツを干せば、心地よい秋風にそれが揺れる。
 空を仰げば、見事なまでの晴天がそこに広がっていた。
 気温は少し低いが、その分空が高く、また色も青い。
 額に手をあて、サイサリスは目を細める。
「いー天気……」
 かつて、窓の外から望んだ自由。
 妹の目の色によく似た青。
 望んでも手に入れられなかった色。
 手を伸ばしても、空を飛んだとしてもその青には届かない。
 それでも、サイサリスは手を伸ばした。
 手を伸ばさずには、いられなかった。
「……鳥にでもなれたら、いいのに」
 ぽつりと呟き、足元においておいた籠を拾う。
 本格的に昼食を考えながら、ソファーの脇を通れば。
「ぅわ!?」
 何の前触れも無く、ソファーから腕が伸びてきた。
 それはサイサリスの腕を掴み、そちらへと引き寄せた。
 ぽすん、と耳元で音がする。
 突然のことに、サイサリスは目を白黒させるが――
「……サイサリス」
 少し寝惚けた声が耳元から聞こえたことで、状況を理解した。
「え、ちょ、ミスト? 何? 何っ!?」
 ミストの腕に抱きかかえられ、彼女の上に覆いかぶさるようになっている。
 腕から抜け出そうとするが、逆に後頭部を押さえられ、肩口に顔を埋める状態になってしまった。
「あ……の、ミスト? 普通ね、これね、逆だと思うよ」
「……サイサリス」
「……って、聞いてませんねアナタ」
 はぁ、と溜息をつけば、拘束する腕の力が強くなった。
「俺は、お前を召使としてここに置いてんじゃねぇ」
「うぇ?」
 聞き返すが、ミストは答えない。
 なので、聞こえた言葉を何度も反芻する。
 暫く意味を考えて。
「……知ってるよ」
 翠の目を伏せて、そう言った。
 自分がここにいるのは、自分がいたいと願ったから。
 それ以外の、何物でもない。
「俺はね、掃除とか洗濯とか、そんなのが趣味なの。まぁ一番の趣味は料理だけど。
 召使じゃないよ。俺が自発的にやってるだけだもん」
「……そうか」
「うん、だからね」
 この腕の拘束は嫌いじゃない、と思う。
 無機質な鎖とも壁とも違う、暖かさがそこにあるから。
「他の人に何言われたって、ミストが気にしなくていいんだよ?」
 沢山の肩書きを背負う彼女は、それ故に影口も多く。
 恐らく今回も、誰かが自分のことについて言及したのだろうとサイサリスは推測する。
 血の繋がりも無い、年若い男が未婚の女性の家に出入していれば、誰だって野暮な想像をする。
 けれども実際、サイサリスとミストはそういう関係ではない。
 的確な表現は見当たらないが、少なくとも『恋人』ではないのだ。
「きにしてねぇよ」
「じゃあこれは何? ……俺は感謝してるんだよ? ミストがいなきゃ、俺はずっと縛られたままだった」
「んー……」
 寝惚けた声。
 多分、自分でも殆ど何を言っているのか理解して無いだろう。
「……サイサリス」
「何?」
「俺、寝る……」
「うん、おやすみな……ってミスト、いや眠ってもいいけど、俺離してくれない!? 
 いやちょっと寝ないで、まだ寝ないで! 俺これからお昼つくんなきゃいけないのに!!」
 サイサリスは叫ぶが、ミストから返事は無い。
 連日の睡眠不足が祟ったのだろう。
 自分達のために働いている彼女にすまないと思いながら、サイサリスは溜息をついた。
 庭に面した、大きな硝子戸から見える青空。
 手は届かないが、見上げることは許されるようになった。
「……ホント、ミストのおかげだよなぁ」
 自分を縛っていた諸々の物から、解き放ってくれたのは。
「ありがと、ミスト」
 眠ってしまったミストに、サイサリスは額を寄せた。

 
 日の傾きかけた夕暮れ時。
 図書館から帰ってきたジーンが、ソファーで眠るミストとサイサリスを見つけたのは、また別の話。

           あとがき。
            名前の見当たらない関係。
            信頼、依存、そのどちらでもあって、どちらでもないもの。
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