寄り添い合って、寒さから逃れるように。

<冬の雀>

 最後の一撃の、銃声が長く大きく響いた。
 足元の雪を、赤がゆっくり溶かしていく。
 対機械人間用銃――接近戦用の、狂気の沙汰としか思えない武器――をゼクスは下ろす。
 そうして、深く長く息を吐いた。
 銃を両手で持ったまま、その場に膝をつく。
 防寒着の向こうから、じわじわと冷たさがやってきた。
 近くまで赤が侵食してきている。
 赤の中に散乱した、人の形をしたモノ達。
 赤は血液と脳漿と機械人間のオイルで、辺りには生臭い匂いが立ち込めている。
 飛び散った肉片と鉄片に、ゼクスは背中から雪の中へ倒れこんだ。
 首筋にひんやりとした何かが当っているが、あえて気にせず寝転がっていた。
 首から提げた無線から、自分を呼ぶ声がする。
 それすらも雑音に聞こえ、ゼクスは空を見上げた。
 木々に切り取られた空は、目が痛くなるほど眩しい白。
 吐き出した息は白く、空気が冷え切っていることが分かる。
 視界の端で、木の枝に止まっている雀と目が合った。
 そこにいたのは二羽。
 縮こまって、互いに身を寄せ合って。
 記憶の端で何かが疼いて、ゼクスは静かに目を閉じた。
 白衣を着た金髪緑眼の男性が目の前で笑っている。
『あの子は夢を見てる。あんなの、弱者の集まりでしかないのにねぇ。
 それが絶対的なモノなんだよ……奪ったら、僕の所に戻ってくるよ。
 でも、僕は良い兄だから。まだ、与えといてあげるんだ』
 楽しそうに紡がれる言葉はしかし、どこか狂っていて。
 そうだね、と何の感慨も無く言葉を返したのを覚えている。
 それから、少し考えて。
『話の腰折るんだけど。ワルター、何で雀は冬ああやって寄り添うんだと思う?』
 指差した窓の向こうに、今と同じように寄り添う雀がいた。
 身を寄せ合って、寒さを防いで。
 それを見た幼馴染は、嘲笑を浮かべて言ってのけた。
『弱いからさ』
「ゼクス」
 彼によく似た、それでも若い声に目を開ける。
 白を背景に、金髪緑眼の青年がこちらを覗きこんでいた。
「あー……どうしたの、ドライ」
「お前がいつまで経っても応答しないから、死んでるのかどうか確かめに来た」
「酷いな」
「生きているなら、返事をしろ」
 そう言って脇腹を軽く蹴られた。
 無線は相変わらず怒鳴っていて、耳障りな雑音を発している。
『オイコラゼクスッ! 生きてんのか!? 生きてるよなオイッ!!』
 聞こえてきたのは赤い髪と青い目を持つ青年の声。
 あまりの大きさに驚いたのか、梢に止まっていた二羽の雀が飛び立った。
 返事をするのが億劫だったので放っておけば、溜息を吐いたドライが自分の無線機を口元にへと運ぶ。
「生きてる」
『いやお前じゃねーよ……って、ドライ、お前今何処にいるんだ?』
「ゼクスの傍」
『本人に返事させろよ! ったく、こっちじゃツヴァイもフィーアも心配してるんだかんな!』
「……だと」
 無線越しの大声に、小さく笑うドライ。
 そこでようやく、ゼクスは無線機を口元に運んだ。
「ゼクスさんですよー、生きてますよーフュンフ君」
『テメェな』
 煩かったので無線を切った。
 隣に立つドライが、小さく溜息を吐く。
「幸せ、逃げるよ」
「逃げるような幸せなど、持ち合わせていない」
 そう言って、背後を振り返る。
 広がった赤。
 頭を打ち抜かれた、人の姿をしたモノ達。
 機械も人間も、例外なく『壊されて』いた。
「……あれが、ショックだったか?」
「んー? 今更人殺しにどうこう感じる繊細な神経は持ち合わせてませんよー?」
「なら、何故そうして転がっている」
 見下ろしてくる緑は、ひたすらに無表情で。
 兄とは全く違うなと、ゼクスは声には出さず呟いた。
 兄はその緑に、歪んだ笑みを浮かべる。
 弟はその緑に、無感情を浮かべる。
 同じ兄弟でも、ここまで違うものかと。
(……まぁ、原因はワルターだけどさ)
 実の弟を、十年近く軟禁した幼馴染。
 かなり歪んだ形の愛情を向けられ続けた青年。
 理解は出来るが同情はしない。
「んーっと、今回の任務は機械人間の殲滅だった訳ですよ」
「ああ」
「それで、僕の担当地区は此処だった訳で」
「そうだな」
「でもって今回はライフルじゃなくて、大口径のコレを持ってきたんです」
 そう言って、握ったままの対機械人間用銃を掲げてみせる。
 ドライは無感情な瞳でそれを見、また視線をゼクスに戻した。
「まぁ、侵攻して来た帝国軍は、見つけた限りは全部倒したんですよ」
「ああ」
「それで帰ろうと思ってこの林の中通ったら」 
「ああ」
「何か集団疎開の最中の一段と鉢合わせしまして」
「……それが、アレか?」
「理解の早い人はスキ。そーだよ」
 緑の目が沈黙を引き連れて眺めてくる。
 言おうか言わぬかの数秒の諮詢の後――ゼクスは笑みを浮かべた。
 よくツヴァイに「だらしない」と称される笑み。
「その中に、どー見ても機械人間にしか見えないのが居て。
 だって考えてみてよ、箪笥二つも背負ってたんだよ? 人間業じゃないよねぇ」
 ドライは再び振り返る。
 赤の中に倒れた、機械人間。
 限りなく人に近づけられてはいるが、肌の質感などが傍目に見ても人造物だと分かる。
 だが、それはドライ達が相手にしている戦闘用機械人間とは違い、武器を持っていない。
「……イシュタルか……」
 戦前、まだ帝国と連合の関係が良好だった頃。
 帝国から輸入されていた、『自動人形』。
 戦争が始まってからは政府に押収されたものの、辺境ではその手も緩かったらしい。
 冬になれば雪に覆われる国境近くでは、それらは大切な働き手なのだ。
 オイルの凍結さえ防げば、どんな天候でも動ける『人間』。
「まー機械人間には変わりないから壊そうと思って。だっていつ反乱分子になるかわからないでしょ?
 そしたらさぁ、皆庇うんだよねぇそれのこと。泣いて叫んで銃向けてさ」
 あはは、とゼクスは笑う。
「邪魔だったから、殺した」
 その笑い声に、背筋が凍るかと思った。
 ごくりと唾を飲み込み、息を吐く。
 兵隊だったフィーアやフュンフよりも、『ヤバイ』と本能が告げていた。
 それだけで、人を殺せるのか――と。
 疑問が視線に現れていたらしく、ゼクスは笑いながら、訊ねても居ないのに答えた。
「殺せるよ。僕は。人を殺すのも、機械人間を壊すのも、大差ないんだよねぇ」
「……何、故?」
「……ドライは、どうして雀が、雀じゃなくても良いんだけどさ。冬、ああやって寄り添ってると思う?」
「どうしてって……答えになってない」
「考えて。そして、答えを僕に教えて?」
 にこり、とゼクスは笑う。
 女性が好みそうな笑い方だと、ドライは思った。
「……生き延びる、為?」
「そうだね。そうじゃなきゃ、凍え死んじゃうからね」
「それが、どこをどうすれば理由になるというのだ」
「……そうしないと、生きてけないから」
「殺人に快楽を覚える性質なのか、お前は」
「違うよー」
 あはははは、と乾いた笑いが響く。
 その笑い方が何処となく兄と似ていて、ぞくりと背中が総毛立った。
「人は、人と寄り添いあわなきゃ死んじゃうんだ。違うな、人……じゃない。
 自分の存在を認めてくれる何か。だから、あの人たちはイシュタルを庇った。
 彼らに取っちゃ家族も同然だからね」
 相手に言葉を紡がせる暇を与えずに喋り続ける。
 そうしなければ、自分が消えてしまうとでも言うように。
「それでもって、人でも機械人間でもない僕の居場所は、特別遊撃隊にしかないわけで」
 常に笑顔を浮かべる。
 それ以外の顔での付き合い方を知らないから。
「外の居場所は全部奪われた。僕はまだ死にたくはないんだよね。だから、ここに居たい。
 その為だったら人も機械も全部、壊せるよ」
「……そんなことの、為にか?」
「僕達は取替え可能なただの駒なの。君と違ってね」
「ッ――!」
 見開かれた緑に、初めて感情が浮かぶ。
 驚きと、幾許かの脅え。
 ぎゅうと、左腕を右手で抱きしめるのが見えた。
(……トラウマ、抉っちゃったかなぁ……まだ怖いんだ。当たり前か)
 記憶に残る幼馴染――ワルター・リッケンバッカー。
 自分の腕を奪い、機械の腕を与えて、全ての居場所を奪った人間。
『取り合えず拒否反応が出てないから、君が連合軍特別遊撃隊・第六位だよ』
『……つまりは、備品ってことだね』
『そう。話の分かる人間は大好きだよ』
『それで? 備品の僕は何をすればいいんだい? ドクトル・ワルター?』
『簡単だよ。兵器は兵器らしく壊せばいい』
『それを拒んだら? 廃棄処分かな?』
『まさか。大切な幼馴染にそんなことはしないよ。
 安心して。一生僕の実験動物にしてあげるから』
 その時自分は曖昧に笑った。
 そんなことを思い出して――また、笑う。
 もはや、笑顔が顔に張り付いてしまっていた。
「……やっぱり、おかしい?」
 ドライは答えない。
「おかしいけど、ごめんね。ここに居てもいい?」
「……どうして、それを俺に聞く」
「んー?」
「許可がなければ、心細いのか?」
「どうだろ、はは。自分のことなんて、自分が一番分かってないんじゃない?」
「……だとしたら」
 ドライは視線を、ゼクスから林の向こうへと向ける。
 ざくざくと雪を踏みしだく――幾つもの足音。
 それに伴い、近付いてくる声。
 ゆっくり首を巡らせれば、足が六本見えた。
「っだー、ようやく見つけた!」
「あ、ドライ居たんだ」
「……無事、か?」
 特別遊撃隊、第二位・第四位・第五位――ツヴァイとフィーアとフュンフ。
 それぞれに武器を持った、この世界で唯一の。
「……なんで、ここに?」
 ゼクスの疑問を、ドライが口にした。
 三人は顔を見合わせて、そして揃ってゼクスを指差した。
「怪我でもしてんのかなぁーって思ってよ。で、お前一人じゃ連れ帰れないだろうなぁとか思って」
「……よく此処が分かったな」
「勘」
「それと、人の話し声がしたから。静かだったからね、よく聞こえたわ」
「そういうことだ」
 同意の示すが早いか、フィーアとフュンフがゼクスの脇に手を差し込む。
 それから、両脇から支える形で立ち上がった。
「うぇ?」
「ドライ、アンス一人残してきたの?」
「ああ……危険だったらどうしようかと」
「そ、じゃあ、あたし先行ってるわ」
「頼んだ」
 視界の端でそんなやりとりが繰り返され、ツヴァイは走り出す。
 両脇を支えられながら歩き、ゼクスは信じられないといった顔で二人を見上げる。
 フィーアはいつもの通り、曖昧な無表情。
 フュンフはこちらの視線に気付いたのか、ふっと青をゼクスに向けた。
「返事ぐらいしろよ馬鹿」
「……心配したわけ? 男の僕に?」
「仲間、だからだろ」
 ふざけんなと、軽く頭を小突かれた。
 どうしていいのか分からなくて、ゼクスは助けを求めるようにドライを見る。
 青年の緑が――珍しく、和らいだ。
「これでも分からないなら、お前はただの馬鹿だ」
 両脇の温もりに、言葉の温かさに、じわりと視界が歪む。
 それを隠すように俯く。
 少しだけ先を歩いていたドライは手を伸ばし、ゼクスの銀髪を撫でた。

『弱いから、か――そうだね、ワルター』
『そう。強い動物は一人でも生きていけるんだから』
 でも僕らは弱いよ、とは、あの時言えなかった。

(僕は、君と違って――弱いんだよ)
 白く光る空からは、静かに静かに雪が降ってくる。
 それは赤の、金の、銀の上に落ちて。
 広がった赤い液体と、倒れた人の形をしたモノを覆い隠して行った。 

           あとがき。
            今現在、雪国に住んでます。
            冬になると、毎朝雪を被った雀達を見ます。
            寄り添いあって、生きています。
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