愛しくて愛しくて
 他の誰にも渡したくない。
 愛しくて愛しくて
 ずっと傍にいてほしい。

<ひとでなしの恋>

 緋扇(ひおうぎ)は一日の大半は眠っている。
 朱に塗られた格子の奥の座敷牢が彼の部屋で、彼はそこから出ることができなかった。
 長い螺旋階段の先にある彼の部屋を訪れる者は滅多に無く、故に彼は夢を見ていることが多かった。
 世界は色を変えず、沈黙を保ったまま。
 冷たささえ感じるそこに、かつんという音が響き渡った。
 緋扇はうっすらと瞳を開ける。
 床に波打つ白い髪を流しながら、ゆっくりと半身を起こす。
 尾の蛇が小さく息を吐いた。
 螺旋階段を降りてやってきたのは、白と赤を纏った女性。
「母様(かかさま)」
 緋扇はしゃがれた、それでも嬉しそうな声で彼女を迎える。
「緋扇、寝ていたのかい?」
 口の端を綻ばせて、女性は格子の中に手を差し入れる。
 そうして、緋扇の顔の脇を流れる白を、同じくらい白い指で梳いていく。
 その動作に、緋扇は琥珀色の双眸を気持ちよさそうに細めた。
「うん、円(まどか)母様が来たから起きたの」
「そうかい、それは悪いことをした」
「どうして? 俺に会いに来てくれるのは母様と葛くらいなんだよ?」
 その言葉に、円は黒い瞳を伏せた。
 円は閻魔であり、緋扇は彼女の息子だ。
 遠い昔に掛けられた呪いによって、閻魔の胎からは鵺しか生まれなくなった。
 死人の魂を引き寄せるという特性をもった、鵺。
 周囲は産むなと、殺せと言った。
 けれども円はそうしなかった。
 何故ならば――
「母様」
 しゃがれた声と、手に触れた冷たさに思考が打ち切られる。
「……俺が寝る前に、あの男が来たよ」
「あの男?」
「前の、閻魔」
 笑いながら、それでも憎々しげに吐き出された言葉に、円は溜息を吐く。
 前の閻魔――すなわち円の父親は、緋扇のことを厭うている。
 彼を生む、という選択をしたことで、閻魔の権限のいくつかは彼に取り上げられてしまった。
 それでもなお、円は我が子を選択した。
 彼の頭を撫でながら、目線を彼に合わせる。
「何か、言っていたかい」
「『死ねばいいのに、この化け物め!』」
 けらけら、緋扇は笑う。
 円は、小さく溜息を吐く。
「殺せやしないのに! 俺を殺せるのは母様だけだ!!
 厭う癖に怯えたように俺をみて、滑稽ったらあしゃしない!!」
 耐えきれなくなったように、緋扇は大声をあげた。
 それに合わせて、尾の蛇もしゅうしゅうと空気を漏らした。
「……そんなことを、言うものではないよ緋扇」
「どうして、母様」
「私が悲しいからね」
「そっか、じゃあ、しない」
 子供特有の無邪気な笑みを浮かべ、それから緋扇は円の手を取る。
 円は抵抗しなかった。
 口元に運ばれ、ぷつりと、皮を噛みちぎられる指。
 それに舌を這わせて、恍惚とした表情で緋扇は血を舐める。
 手を格子の中に差し出す度に、緋扇は腕に、手に噛みついて血を舐める。
「ねぇ、母様」
「なんだい、緋扇」
「――まだ、死んでくれないの?」
 歪んだ琥珀色が、まっすぐに円を見据える。
 それに首を横に降れば、なぁんだとつまらなそうな言葉が返ってくる。
「早く次の閻魔が、生まれればいいのに」
 きゅうと、縋るように手首にかかる力が増す。
「そうすれば母様の命が俺のものになるのに。俺は母様が大好きだからね。
 大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで仕方ないから――殺したいんだ」
「妾(あたし)が死んだら、お前も殺されてしまうよ」
「それでも構わないよ。だって母様と一緒に死ねるんだもの」
 にっこりと、緋扇は笑う。
 母様となら、ともう一度、大切なもののように呟く。
 その様子に小さく、気付かれないように小さく溜息を吐いて、円はもう片方の手も格子に差し入れる。
 痩せた、むき出しの肩を抱いて、引きよせて。
 格子越しの抱擁では、体温なんてほぼ伝わらないけれども。
「――妾は、お前に、生きていてほしいさね」
「母、様」
 少し戸惑ったように、我が子の声。
 けれどもそのうち、ひょうひょうという金切り声が鼓膜を叩く。
 声を上げて笑う、幼い鵺。
「母様、あいしてる。だから母様が死んだら、俺に全部頂戴、ね?」
「……ああ、妾も愛してるよ、緋扇」  「愛している」の意味の違いに目を反らしたまま、円は我が子を抱きしめた。

 愛しくて愛しくて
 ずっと傍にいてほしい。
 ――殺してしまえば、もうどこにもいかないでしょう?  

           あとがき。
            ひとでなし、の解釈はお好みで。
            ありきたりな台詞ですが、個人的にはお気に入り。
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