<Date et dabitur vobis.>

 どっと、笑いが零れた。
 好意的な笑みではない。むしろ嘲笑に近い。
 その中心で、グウィン・ヴィッカーは拳を握り締めた。
 殆どが荒野で占められるヒーシリア大陸。
 その荒野に点在する『仮宿』には、『運送屋』が客を得るため常駐している。
 『運送屋』は、物なり人なりを目的地まで運ぶことを職業としている人々の総称だ。
 料金は個々で違っており、ぼったくりまがいの値段を示す物も少なくない。
「坊や、寝言なら寝て言いなっ!」
「ヒース・カークランドなんて、ガキの行く場所じゃねーよ」
 げらげら笑う男達。
 ヒース・カークランドというのは、ヒーシリア大陸のど真ん中もど真ん中。
 大陸最大の荒野の、中心の名である。
「運送屋は、何でも何処にだって運んでくれるって……」
「モノにもよるな。政府に目ェ付けられるようなモノは運ばねぇよ」
「それに、場所も場所だ。こっちだって危ない」
 諦めな、と声が掛かる。
 今にも零れそうになる涙を、拳で拭って無理矢理消した。
 グウィンはどうしても、その場所に行かなければならなかった。
 生まれ故郷の町から一番近い『仮宿』までは、知り合いの商人に頼んで馬車に乗せてもらった。
 ここから先は、自分で足を見つけなければならない。
「家に帰ってママになごふぁ」
 奇妙な声が、上がった。
 それが、グウィンに対して暴言を吐きかけた男が、胸倉を掴み上げられたのだと気付くまで数秒。
 『仮宿』の全員が、その人物を凝視した。
 肩まで届く金色の髪と、鮮やかな紅い瞳。
 二十代後半くらいの女性だった。
 綺麗な女性だと、グウィンは思った。
「何、子供を、馬鹿に、してんのよ? この、人類の、ゴミ虫、共」
 一語一語区切りながら、女性は言う。
 誰かがステラ、と呟くのが聞こえた。
「運送屋の誇りなんて犬に食わせちまったのか?
 だったら水兵にでも転職しやがれ負け犬(ソルティドッグ)が」
 にこにこと笑いながら言う言葉は、まるで男のような罵り言葉。
 片手で掴みあげた男を床に叩きつけ、それから、彼女はグウィンを見た。
 サイドの髪を耳にかけ、目線を合わせるべくかがみこむ。
 紅に移った自分の顔は、まるで別人のようだった。
「運送屋、探してるの?」
 無言のまま、首を縦に振る。
「ヒース・カークランドに行くの?」 
 もう一度。
「……死にに?」
 今度は、横に振った。
 女性は手を伸ばし、その茶色い髪をかき混ぜる。
「よしっ、その依頼、確かに『金色運送(こんじきうんそう)』が受け取りました」
 どうやら彼女も、運送屋だったようだ。
 しかし、『仮宿』にいる男達とは似てもに付かない。
 運送屋というよりは、花屋のほうが似合いそうだった。
「出発は早いほうが良いよね、付いてきて」
 音も無く立ち上がる女性の背中を追い、グウィンは小走りに行く。
 先程まで騒いでいた男達が、何故か今は静かだった。

 『仮宿』の外は、さんさんと陽光が降り注いでいる。
 眩しい日差しに照らされる、沢山の中の一つに彼女は向かう。
 その車は、今時滅多に見ることが出来ない、型の古いジープだった。
 濃いカーキ色の車体。
 幌は無く、グウィンが生まれる前の戦争に使われていたというそれによく似ていた。
 グウィンは恐る恐るそれに近付く。
 横っ腹に黒字で大きく『金色運送』と描かれている。
「珍しい?」
 女性の問いに、首を縦に振る。
「MGP−2050。戦争の時のアンティークだから、滅多に見れないでしょ?」
 こく、と無言のまま頷く。
 その運転席に、雑誌を顔に伏せて動かない――恐らくは眠っているのだろう――男が座っていた。
「みーおとっ。仕事だよ」
「……ステラ……?」
 ステラというらしい女性は、彼に声をかける。
 ずり落ちた雑誌の下から覗く容貌は、彼女とは全く対照的だった。
 黒い短髪と、海の蒼を映した、垂れ下がった双眸。
 ステラと同じか、それくらいだった。
 眠たそうにステラを見、それからグウィンを見る。
「はじめまして」
 男が笑った。
「はじめ……まして」
「『金色運送』、社長兼運転手兼経理の、長島澪斗です。
 こっち風に発音するなら、ミオト・ナガシマかな」
「あたしの相棒。んで、あたしは所長兼護衛兼用心棒の、ステラ・G・ネイサン。ステラって呼んでね」
 君の名前は? と二人は同時に尋ねる。
 少し気圧され、三秒後にグウィンは名乗った。
 ステラは何度かその名前を反芻し、「オッケー、覚えた」と言った。
 助手席の扉を開け、グウィンの背を押す。
「あっ……あの、お金って……どれくらい」
「お金?」
「実は……そんなにないからっ……足りないかも」 
 家にあった全財産をかき集めて来たのだが――運賃の相場を知らないだけに、不安で仕方が無かった。
 そんなグウィンの心情とは裏腹な、明るい声で澪斗が言う。
「いらないよ」
「えっ?」
 その返答は、かなり拍子抜けするものであった。
 先程の『仮宿』の反応を見る限り、今自分が行こうとしている場所は嫌がられている。
 依頼を受けてくれたとはいえ、どれほど高額な料金を請求されるのかと身構えていたのだ。
「いらない。僕たちは、依頼人を目的地に運んで」
 運転席から身を乗り出して、澪斗はグウィンを覗き込む。
「その時君達が見せてくれる、表情、報酬としてますのですよ」
「だから自殺志願者は乗せないんだよんっ」
 さあさあ乗って、とステラが急かす。
 ジープは年代物だったが、助手席の座り心地は悪くなかった。
 助手席の扉を閉めてから、ステラは後部座席に乗り込む。
 彼女の隣には、異様なほど大きいナップザックが鎮座していた。
 それを確認してから、澪斗はギアを操作、エンジンを起動させる。
 ど、どっどっどっど――と、エンジン音にあわせてジープが揺れた。
 アクセルを踏み込む。
 軋みながら、ジープは荒野に駆け出した。
「んーっで、何処までだって?」
 今更ながらに、澪斗が訊ねた。
「ヒース・カークランドまで、です」
「まった僻地だねぇ……」
「何しに、って訊いてもいいー?」
 ぐっと後部座席から身を乗り出して、ステラはグウィンを見る。
 茶色の瞳を伏せ、自分の膝を見て呟く。
「……お父さんに、会いに行くんです」
「ダディに? 何でまた」
「…………お母さんが、死んで……僕にはもう、お父さんしか、いないから」
「でも、ヒース・カークランドってただの」
「政府の遺伝子研究室があるよ。公表されて無いから、知ってる人のほうが少ない」
 ステラの言葉を遮り、澪斗がはっきり言い切った。
 語気の強いその言葉に、紅と茶色がそろって彼を見る。
 蒼は、まっすぐに前を見据えていた。
 ぽりぽりと頭をかき、ステラは言う。
「じゃあ、グウィンのダディは政府の研究者なんだ。頭いーんだねぇ」
「……うん」
「あんま嬉しそうじゃないね。自慢のダディじゃないの?」
「皆……そういうけど……僕、お父さんともう、五年も会ってないんだ」
 呟いた言葉は、哀しそうだった。
 外見からして、グウィンは十歳前後だろうとステラは踏んでいた。
 だとすれば、最後に会ったのは五歳。
 どく、と奇妙に胸がなった。
「じゃーあれだ。ヒース・カークランドについて、ダディにあったらさ」
 上からグウィンの顔を覗き込み、に、と笑う。
「思いっきり抱きしめてもらいなさいっ」
 きょとん、とした表情で、その笑顔をみつめるグウィン。
 少し間を置いてから、ステラに負けない満面の笑みで、頷いた。
 それを横目で見、澪斗も小さく笑う。
 と、視界の端に不快な一点が移った。
 徐々に近付いてくる、不快な――
「ステラ」
「ん?」
「荒野盗賊団だ。『仮宿』からついて来てたみたい」
 澪斗に言われ、ステラは振り返る。
 グウィンもサイドミラー越しにそれを見た。
 徐々に近付いてくる、黒い幌つきのトラック。
「こうや、とうぞくだん……?」
「あーっと、あたしたち運送屋の積荷を奪って生計立ててるチキン野郎共、かしらね」
「大抵『仮宿』の傍に潜んでる」
 す、と背中が冷えるのをグウィンは感じた。
 もし、ここで死んでしまったらどうなる?
 頭の中で誰かが訊ねる。
(嫌だ――)
 そしたら、お父さんに会えないじゃないか!
「……安心しなさいって。こういうときの為に、用心棒がいるのよ」
 笑い声で言って、ステラは立ち上がった。 
 隣においていたナップザックを背負う。
「じゃー澪斗、あとで追いつくから。先行ってて」
「了解」
 交わした会話はそれだけだった。
 ぐらり、と車体が揺れる。
 グウィンが振り返ったとき、ステラはジープから飛び降りた後だった。

 段々と近付いてくる黒いトラック。
 それを見据え、ナップザックの中から取り出したものを左手に装着。
 運転席で笑う男の、いやらしい顔が良く見えた。
 真正面に立っているというのに、スピードはまったく揺るがない。
 どうやらひき殺す気、らしかった。
 溜息を一つ吐き、右手を伸ばす。
 トラックの正面がそこに触れると、それ以上トラックは進まなかった。
 運転席の男の顔が、驚愕に見開かれる。
 アクセルを踏んでいるらしく、タイヤが空回りする。
 けれどもステラの表情に、変化は無い。
 エンジンが止まり、ぞろぞろと男達が降りてきた。
 皆それぞれに武装した――お決まりの、盗賊団だった。
「何のつもりだ、女」
「決まってるじゃないの。蝿退治よ」
 そういいながら、右手だけで左手と同じものを着装。
 それは、真紅の小手だった。
 ステラの肘から先を覆う、巨大な小手。
 遠くから見たら、肘から先だけが膨れ上がっているように見えただろう。
 それを見た盗賊達は、一斉に笑った。
 再び溜息を吐き、たんっ、と地面を蹴る。
 すぐに男達の笑みが凍りついた。
「……まず、一人」
 傍目には、ステラがその小手で殴りかかったようにしか見えなかった。
 しかし、現実は違っている。
 小手の先から突き出た三本の鋭い爪、そこに男が引っかかっていた。
 右手を振り、男の亡骸を荒野に投げ捨てる。
 小手には、収納自在な長い鍵爪が隠れていたのだ。
「次は、誰?」
 笑いながら、ステラは訊ねた。
 逆上した男達は、一斉に彼女に襲い掛かる。
 あるものは剣を振り上げ、あるものは銃を構える。
 圧倒的な勢力差の中、ステラは冷静だった。
 振り上げられる剣を見、バックステップでその居合いから逃れる。
 後から迫り来る男を気配だけで察知し、左上段回し蹴りを繰り出す。それは見事に男の顔に入った。
 動きにあわせて舞う、金の髪。
「このアマァアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
 叫びながら、一人が引き金を引く。
 それを屈むことで避け、ステラを射抜こうとした銃弾は同胞に命中した。
 悶え撃つ男と、呆然とする男。
「銃撃の際は、貫通することも考えて周りをよく見て発砲すること。これ、戦いの基本でしょ?」
 両手の爪を最大に伸ばし、ステラは言う。
 まるで、教師が生徒に授業するかのように。
「戦争が終わって七十年、か……平和って言うのは、ただギャングもどきを量産するだけなのかしら」
 呟きながら、再び跳躍。
 男達の視線を受けながら、近くにいた男の顔面に踵を叩き込んだ。
 それを足場にし、両腕を伸ばして二人の男の喉を切り裂くステラ。
 身をかがめて右足を軸に回転、四人の腿に裂傷が生じる。
「昔はもうちょっと、マシな敵が居たのに、ね」
「……金色の猫鬼(びょうき)……?」
 誰かが、ぽつりと呟いた。
 その名は、絶対的恐怖と共に呼ばれる名前である。
 七十年前の戦争で活躍した、一人の傭兵。
 金色の髪と紅い目を持ち、真紅の巨大な鍵爪を使ったという。
 誰もがそれを信じられずに居た。
 当時、二十歳。
 生きていたとしても、九十歳の老人だ。
 しかし、ステラは。
「正解。よく分かったわね」
 笑った。
「何でっ……戦争で死んだって……それに、生きてるはずが無いっ……」
 伝染した恐怖に震えながら、別の誰かが言った。
 それは恐怖に脅える自分を鼓舞するために呟いたのだろう。
 けれどもステラの耳には、しっかり届いていた。
 苦笑を浮かべ、律儀に答える。
「答えは一つ。確かにあたしは、金色の猫鬼だけど――三代目、なのよね」
 足音を立てずに、金色と紅を纏う女性は距離を縮めていく。
 絶対的恐怖。
 それに相対した男達は、ただ、立ち尽くすしか出来ない。
「あまり時間をかけると置いてかれるかもしれないの……だから、死んで?」
 あまりにも不公平な言葉を呟く。
 そこから先は、容赦も何もなかった。
 両腕を伸ばして二人を串刺しに。
 そのまま回転、周りに立つ男達を血になぎ倒す。
 両腕を振り、死にかけた男二人を投げ飛ばす。
 倒れた男の一人の掌を踏み砕き、地面に向けて鉤爪を振り下ろす。
 一方的な虐殺。
 晴天に絶叫が響き、やがて、静まった。
「追いかけなきゃ……」
 頬に付いた返り血を拭い、ステラはそんなことを呟いた。

 ステラと分かれた後に襲撃はなく、ヒース・カークランドには夕刻に付いた。
 看守に用件を伝え、巨大な門の前で待たされること数十分。
 ぼんやり前を見据える澪斗を、グウィンはちらりと盗み見た。
 その蒼には、金髪の女性を心配するような色は浮かんでいない。
「あの」
「ん?」
 どうして心配しないんですか、と訊ねる声は、門が開く音にかき消された。
「グウィン!!」
 名を呼ばれ、ゆっくりとそちらを見る。
 茶色の髪と、茶色の目。
 記憶の中よりは老けたが、面影を残す三十代後半の男が、立っていた。
「おとう……さん?」
「グウィン、グウィン!!」
 何度も名を呼びながら、男は走ってくる。
 グウィンが何をするよりも先に、彼を抱きしめた。
 途端、彼の中で、何かが壊れた。
「おとっ……おとーひゃっ……おとぉしゃんっ……おと……ぇ、うぇ、ふえぁあああああああ」
 壊れたのは、涙の堰だった。
 白衣に顔を埋め、大声で泣きじゃくるグウィン。
 久しぶりに触れた唯一の肉親は、暖かかった。
 夕暮れの迫る空に、慟哭の声が響き渡る。
 それを、澪斗はやはり、黙ってみていた。
 ひとしきり彼が泣き、目を紅く晴らした頃に、ようやく。
「よかったね、グウィン君」
 一言だけ、言った。
 ありがとうございます、と一礼し、グウィンの父親は澪斗を見る。
 そこで、これでもかというほど目を見開いた。
「……ナガシマ博士?」
「…………久しぶり、ヴィッカー博士。まさかまた会うとは、思ってもなかった」
 にぃ、と口の端を歪めて、皮肉るような笑みを浮かべる。
「何故……貴方が、グウィンを?」
「退職後は運送屋始めたんだよ。なかなかに気に入ってる」
「……貴方が抜けた後、研究は亀よりも遅くなった」
「まだ続けてるんだ」
「当然だ……それが、仕事だから」
 息子と同じ目で澪斗を見ながら、父親――ヴィッカー博士は問う。
「何故、止めた」
「……飽きたんだよ」
「違う。貴方にとって研究は全てだったはずだ」
「そう。はずだったんだよ」
 皮肉めいた笑みが、純粋に、楽しそうな笑みに変わる。
「研究よりも大切なものを、俺は見つけたんだよ」
 それは、ヴィッカー博士が見たことのない、彼の笑顔だった。
 言葉を失う彼を見ながら、澪斗はエンジンをかける。
「戻る気は……無いみたい、ですね」
「うん、まぁ、なんていうかね……今の生活も中々に気に入っているのですよ」
「運送屋という、危険な仕事なのに、ですか?」
「……確かに、運送屋は危険かもね。でも、俺は――俺とステラは、この仕事を始めてから……
 たくさん、学んだよ……あの場所に居たんじゃ学べないものを、ね」
 ギアを逆に入れ、ジープをバックさせる。
 くるりと反転を描き、元来た場所へ戻ろうとして――思い出したように叫ぶ。
「ヴィッカー、流石に五年も実の息子放って置くのはどうかと思う!
 五年分、しっかり愛してやんな!!」
 それから、アクセルを全開に踏み込んで走り出した。
 砂塵と夕日の中に消えていくジープを見ながら、グウィンは訊ねる。
「ねぇ、お父さん……お父さんは、澪斗さんと、知り合い?」
「ああ……同僚だったんだよ。僕と、ナガシマ博士はね」
「友達?」
「……違うね。先輩、かな」
「でも、お父さんより、澪斗さんの方が若いよ」
「年に研究は関係ないんだよ。あの人は、本当に凄い、研究者だった」

 そんなやり取りを背中に受け、澪斗は思う。
 五年前、自分の運命を大きく変える出会いを。
『……あたし、殺されるのかしら』
 金髪紅目の少女は、そう訊ねた。
 戦時中の遺伝子操作兵器、その最たる『金色の猫鬼』。
 その血を引く彼女はしかし、初代よりも全ての面で劣っていた。 
 政府は彼女を殺そうとした。
 だから彼は彼女と逃げた。
 全ての地位と身分を捨てて、ただの『長島澪斗』として。
 ステラ・G・ネイサンと生きることを、望んだ。
 感情を与えられず、ただひたすらに『金色の猫鬼』として生きることを強いられた少女。
 そこに、自分と似通ったものを感じたのだ。
 だから手を取った。
 そしてここにいる。
 き、と軽い音を立ててジープを止める。
 前方から走ってくる、金色が見えた。
 夕日を背に受け、眩いばかりに光る金髪。
 ジープの前まで来て、彼女はようやく足を止めた。
 五年で、彼女は女性になった。
「……仕事、終わった?」
「うん」
「グウィン、笑った?」
「泣いたよ。嬉しくて」
「……そっか」
 そう言って笑い、ステラは助手席に乗り込む。
 凶器の入ったナップザックは、無造作に後部座席に投げられた。
「よかったね」
「うん」
「よかった」
 運送屋という仕事を始めて――先程ヴィッカー博士に告げたように、二人は沢山の感情を学んだ。
 楽しいとはどういうことかを。
 哀しいとはどういうことかを。
 涙は哀しさだけではなく、嬉しさも表現するということを。
 そして、愛しいとは、何かを。
 依頼人の望みを叶える代わりの代償は、それ以上の価値を持っていた。
 だから、二人は五年も『運送屋』を続けているのだ。
「……あのね、澪斗」
「んー? 何、ステラ」
「迎えに来てくれて、ありがとう」
「……」
 ちらり、と横目で助手席を見やる。
 照れたような、それでも幸せそうな微笑。
 じわり、と胸の中で明かりが灯る。
 ささやかな幸福。
 ささやかな愛しさ。
 それ故に、大切な物。
「どういたしまして、マイフェアレディ。当然のことですがね」
「そ……ね、今度は何処に行こうか」
 悪戯を仕掛ける子供のような笑みを浮かべ、ステラは問いかけた。
 日は沈みかけ、黒とオレンジが空には同居している。
 そこを見上げ、澪斗は言った。
「君が居るなら何処へでも」

 ――あとがき――
 SIGNALの青条 繁さんに差し上げた復活祝い小説です。
 『ちょっとアクション有でちょっと恋愛要素もあったりするカッコいい話』とのリクでした。
 一番最初のしか満たしてない気がします(苦笑)
 無断転移を禁止します。
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