03:暗緑色は笑いを湛えて

 刃が打ち合い、澄んだ音を秋空に響かせる。
 自分よりも背の高い人狼相手に優勢であるのはグリムゲルデだ。
 それをぼんやりと眺めながら、ベルンハルドはほうと息を零した。
 壁に背を預け地面に座っている年若い大魔導士に、騎士団長は青を向ける。
 その隣にいるエルダの視線に気付いたのか、目だけで彼女を見上げた。
「何?」
「どう思う?」
「ルーディが? それともこの騎士団が?」
「両方だよ」
 真っ直ぐ模擬戦を見ながら、零すようにエルダは言う。
 その青は空よりも深く、口元に笑いを浮かべながらベルンハルドは視線を移す。
 体格差を物ともせずグリムゲルデは刃を受け、弾き返す。
 そのまま返す刀を喉につきつける少女は、息一つ乱してはいない。
「そうだねぇ、俺が見てきた中じゃこの騎士団はトップクラスだと思うよ?
 騎士の人数も幅も、ここまで揃ってるのはそうそうないね」
「ふーん?」
「あぁ、勿論これは『出来る限り客観的に見た』感想ね。私情挟むなら一番っていいたいよ」
「そりゃ嬉しい限りだねぇ」
 グリムゲルデとは違い、伸ばして一つに結わえた金髪が肩と共に揺れる。
 流石に東西南北の要となる灰色の森を守り続けてきただけはある、とベルンハルドは思う。
 それと同時に、隣に立つ女性に改めて敬意を抱いた。
 ――彼女はこの騎士団の頭を務め、纏め上げているのだから。
「じゃあ、ウチの馬鹿娘について聞こうかね」
「そだね、ルーディは」
 きぃん、と一際鋭い音が辺りに響き渡り、二人は揃ってそちらを見た。
 弾き飛ばされた剣が芝生に突き刺さり、幾分かの土を抉っている。
「次」
 そう言う彼女の声音は、喜悦に歪むでも相手を嘲るでもなく淡々としている。
 今ので三人続けての試合ではあるが、グリムゲルデに疲れた様子は見えなかった。
「まぁあの年で二番隊に入れるだけはあると思うよ?」
「……それが、種族に起因するとしても?」
「いやぁ、ルーディ自身の努力に因るトコもあるデショ」
 言いながらベルンハルドは暗緑色の双眸を細める。
 灰色の森の騎士団には王城騎士隊と辺境騎士隊がある。
 その中で、王城騎士隊は十人一隊の小体が十個存在している。
 もちろん振られた数字が小さくなればなるほど実力が大きくなるのだが――エルダ率いる一番隊はその八割がデュラハンだ。
 デュラハンは、戦士と名高い種族である。彼等はその名に恥じぬ戦闘力と、何より戦いに向いた特性を持つため、何処の国でも騎士として重用されている。
 ポテンシャルの違い。
 それは覆そうとして、そう簡単に覆せるものではない。
 自身にも覚えがある為に、ベルンハルドは苦笑しながら続きを紡ぐ。
「てか逆に俺は心配なんだけど、ルーディは恨みとか買ったりしてないワケ?
 あんだけ若くて、更にあの態度じゃ」
「ああ安心しろ、そんなことやる奴は端から騎士の資格何ぞ無いさ」
「御尤も」
 くすくす笑いを零しながら、そうだねぇ、と零すベルンハルド。
 四人目の相手は三番隊の隊長であった。
 数字の大きい隊の一般騎士では相手にならない程の、実力。
「自分の実力を、過信してるとこはあるかもねぇ? だって負けナシでしょ、あの子」
「ああ――十番隊の隊長クラスの実力はあるだろうな」
 褒める言葉とは裏腹に、エルダの表情は晴れない。
 その理由に思い当って、ベルンハルドは肩を竦めた。
「困ったね、そりゃ」
「全くだ」

「今のままじゃ、あの子は良い騎士になれないね。傭兵止まりだ」

 呟いた言葉は、風に流れる。それが聞こえたのか、グリムゲルデの肩がびくりと跳ねた。
 その一瞬に――彼女の剣は弾き飛ばされる。
 喉元に突き付けられたのは白銀。
 幼いデュラハンの少女は無表情のまま、ぺこりと頭を下げた。
(あーあ怒ってるよアレは)
 ぼりぼりと頭を掻きながら、ベルンハルドは溜息を一つ。
 姿勢を正すグリムゲルデだが、視線はベルンハルドを睨みつけている。
 大方「団長にあることないこと吹き込んでいる」とでも思っているのだろう。
 その予想が外れていない確信を持って、ベルンハルドは喉で笑った。
「相ッ変らずだねぇ、ルーディ」
「全く、困ったものだよ」
 はぁと深い溜息を吐く、エルダの表情は娘の強さを喜ぶものではなく憂うものだ。
「あの子の世界は狭すぎる。目先ばかりを見て、全体が見えていない」
 苦り切ったその顔に、ベルンハルドは笑みの形を変える。
「世界の広さは、他人から聞いたんじゃ理解出来ないよ。
 自分で見て、感じて、打ちひしがれないと」
 だから俺が何を言っても貴女が期待する程効果は無いよ、と。
 目を伏せて呟いたベルンハルドに、エルダは目を見開いた。
 それから苦笑を浮かべて。
「相ッ変らず、勘が鋭いな」
「そりゃ、大魔導士ですから」
 努めて明るく言い、それから何かに気付いたように声を上げるベルンハルド。
 訝しげな青を受けて、暗緑色はにやりと笑う。
「世界の広さを思い知る、心当たりがあるんですけど」  



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