04:黒色が見据える先には、同色の どうしてこうなったのだろう、とナナカは溜息を吐く。 目の前には百人の腕自慢。 周辺に名高い灰色の森の騎士団、その中でも選り抜かれた者達。 温室に居た所を彼の魔法――ベルンハルドに取ってはそれ程大層なものではないのだろうが――に呼ばれてきてみれば、何か言ってくれと前に引き出された。 目線だけで隣に立つ彼を見上げれば、ベルンハルドはにぃと笑った。 「不服そうだね、ナナちゃん」 「だって、急いで来てくれって言うから何事かと思って」 「はは、ごめんごめん。だってナナちゃんのが適任なんですもにょー」 「適任って何!?」 「世界的見地からの助言」 小さく声をひそめて、ベルンハルドはそう呟いた。 ナナカはその暗緑色を追う。 「世界的、って……」 「そんな考えなくていいよ。ただ、ナナちゃんから皆に何か言ってあげて」 「外様のあたしが?」 「ナナちゃん、が。去年この森を守った、英雄がね」 その言葉に、ナナカは溜息を吐く。 道理で向けられる視線が熱い筈だ、と妙に納得した。 「逃げたね、ベル」 「逃げて無いにょー」 「逃げた。今日は『ベルが』視察に来てたんでしょ?」 「違うってば。ただ魔導士と騎士団は仲が悪いだけで」 肩を竦めるベルンハルドは笑ってはいるが、奥底には暗い物がわだかまっている。 その奥底の感情に、ナナカは溜息を吐いた。 「期待に添えられなくても、文句は聞かないけどね」 「俺がナナちゃんの言葉に文句を吐けるとでも?」 そう告げれば、帰ってくるのは満面の笑み。 深呼吸してから騎士団の面々に向き直り、黒と赤の混じった双眸を開いた。 「えっと……こんにちわ、ナナカ・ストロンベリア・グラオヴァルティウス……です」 見据えてくるのは、今までにない色を湛えた瞳達。 なんだか無性に照れくさくなり、ナナカは視線を足元に向けた。 「えっと……その、大したことなんて、全然言えないんだけど……」 もう一度、ナナカは深く息を吸う。 太陽が、その黒い双眸に赤みを入れた。 「ここにいる人達は、灰色の森の中でも強いって、イオリから聞いてます」 ナナカのその声は大きくはないが、凛と秋空に透き通る。 「ここにいる人達は、灰色の森の皆を守るために戦うんだって、聞いてます」 その背中を少し後ろから眺めて、ベルンハルドはにぃと笑った。 隣に立つエルダがそれを見、つぃと口元を緩ませる。 「成程、ね。御妃様を引っ張り出してくるとは」 小声で言うエルダに、大魔導士も同じように。 「適任、デショ?」 「適任すぎて何も言えないさね。にしても、だ――よく領主さまが許したねぇ」 「許してないよ。俺ナナちゃんを呼んだだけだし」 「……おい、ベル」 「うん、だからバレたら殺されんだよねぇ……内緒でお願い、エルダさん」 「りょーかい。親友の息子の頼みだ、聞いてやるよ」 くく、と喉で笑うエルダに、ベルンハルドも目を伏せる。 その笑顔のまま、視線をナナカに向ける。 大勢に囲まれる彼女は小柄で、けれどもその大きさは恐らく、この中の誰よりも大きい。 「皆さんは、誰かの為に戦う覚悟を持った、凄い人だと思います」 騎士団の中からざわめきが起こる。 それに小さく笑みを浮かべて、けれどもナナカは目を伏せた。 「でも」 だからこそ、と少女は続ける。 子供と老人が同居した、そんな苦笑を浮かべて。 「――死を、恐れてください」 シン、と中庭に沈黙が降りた。 「殺されることを、恐れてください」 赤の混じった黒は、真摯な光を湛えて彼等を見据える。 その言葉は、重い。 誰もがその重さに口をつぐんだ、その時だった。 「何故……我等にその様な事を言うのですかッ……」 甲高い声が、辺りに響き渡った。 ナナカは、ベルンハルドは、騎士団の面々は、合わせたようにそちらを見る。 そこにいるのは金と青を持った、まだ幼さの残る女騎士。 「戦に果てるは騎士の誉ではないですか!」 その声に、エルダはぺし、と額に手を当てた。 青を吊り上げてナナカを睨むのはグリムゲルデ。 殺意にも似たその視線に、ナナカはぱちくりと目を瞬いた。 「えっと……あの……?」 「貴女は、どうしてその様なことを言うのですか? ――永遠の命を持ち、死ぬことのないヒトの貴女が!!」 ぴくり、とベルンハルドは肩を跳ねさせる。 エルダは眉根を寄せる。 けれども一番の反応を示したのは、ナナカだった。 戸惑ったような表情から、すっと色が消える。 「……貴女、は」 暗い色を湛えた、黒い双眸がグリムゲルデを捉えた。 けれども少女は、その中に含まれる色に気付かない。 「死ぬのが、怖くないんだ」 「死を恐れて、何が騎士ですか!」 ナナカを睨みつけるのに精一杯で、その他に気付けない。 対する黒は伏せられ、それから溜息を一つ落とした。 「貴女だって、死を恐れていないでしょう?」 「……あたしは、怖いわ」 肩を竦めるナナカに、グリムゲルデは唇を噛み締める。 その様子はあまりにもおどけていて、グリムゲルデの感情を逆撫でするものでしかない。 「ヒトの、貴女がですか? 冗談も程々に」 「怖いモノは怖いのよ」 戸惑いから笑みを浮かべるナナカ。 眉根をよせるグリムゲルデに、ナナカはさらに唇を歪める。 おや、とベルンハルドは目を見開く。 それはナナカにしては珍しい、何かを嘲笑うようなモノだった。 「そんな目じゃ、切れるモノも切れないわね。 ――守れるものも、守れない」 「――ふざけないでくださいッ!!」 その一言に、グリムゲルデは大声をあげた。 それは高らかに高らかに、秋空に響き渡る。 |