05:白銀が映すのは明確な差

 隣で深い溜息を吐くエルダに、ベルンハルドはにへらという笑みを浮かべた。
 グリムゲルデによく似た青がそれを見、咎めるように細められる。
「こうなるのが分かってたのかい、ベル」
「まっさかー。分かってたらナナちゃんわざわざ呼んできませんヨ?
 リィにばれたら、一度どころか何度殺されるか分かったもんじゃない」
 そう言って肩を竦めれば、青は小さく、けれどもわざとらしく溜息をついた。
「ウチの馬鹿娘が御妃様に怪我させたら、ウチの一族は全員討ち首だと思うんだけどね」
「それはホラ、ルーディそこまで頭回って無いから」
「まったく、ウチの馬鹿娘にも困ったものだよ」
 心底苦り切ったその言葉に道化の笑みを浮かべながら、ベルンハルドは暗緑色を動かす。
 その先には、抜き身の剣を持つデュラハンの少女。
 太陽を照り返す剣先は、真っ直ぐにナナカに向かっている。
 ――頭に血の上ったグリムゲルデがナナカに決闘を申し込んだのは、つい先程のことだ。
 のらりくらりとかわすかと思われたのだが――意外にもナナカはそれを受けた。
 どういうことだろう、とベルンハルドは彼女を見る。
「両刃剣を使いますか? それとも片手剣? 御所望とあればレイピアもございますが」
「必要ないわ」
 普段は穏やかな表情を浮かべている顔に浮かぶのは、明らかに見下す色。
 それは明らか過ぎて、グリムゲルデの神経を逆なでするには十二分だった。
「……正気、ですか? 騎士団の実力を侮ってはいませんか?」
「まさか。隊長さんならそれなりに考えるけど、貴女相手なら」
 にこり、と。
 場違いな程無邪気な笑顔が紡ぐのは、刺々しい言葉。
「――必要ない」
 少し離れた所にいるベルンハルドからも、グリムゲルデが眦を吊り上げるのが見えた。
 彼女達を取り囲む騎士団員もそれは同じようで、皆一様に不安そうな顔を浮かべている。
「……随分と、私を侮っているのですね」
「ああそう聞こえた? 御免なさいね」
 でも、事実なの、とナナカは言う。
 まるで明日の天気でも告げるような、朗らかな口調で。
 おやおや、とベルンハルドは腕を組み、けれども何も言わない。
 視線の先では、徐々に徐々に温度が下がっていく。
「それでいいというのなら、仕方ありませんね。構えて、ください」
「あ、何時でもどうぞ?」
「……は?」
「だから。武器も必要ないし、構える必要も無い。
 何時でもかかってきなさいよ、Pussy cat.(お嬢ちゃん)」
 にぃ、と歪めた唇が浮かべるのは獰猛な笑み。
 その一言に、グリムゲルデの顔から感情が消えた。
 距離を詰めるべく踏み込み、その体躯には些か不釣り合いな剣を振りかぶる。
 ナナカはそれを見つめたままだ。
(このッ――)
 避ける動作も無い彼女に、グリムゲルデの苛立ちは募る。
(腕を落としてもッ……)
 どうせ生えてくるのだから、と。
 ぎゅっと握る手に力を込めれば、眼前のヒトが、動いた。
 軽く握った拳を、降り下ろすグリムゲルデの肘に当てる。
 たったそれだけの動作だったが――グリムゲルデの手から、剣が零れ落ちた。
 目を見開くグリムゲルデの足を払い、ナナカは芝生に彼女を押し倒す。
 痛みにグリムゲルデが目を瞑った、その一瞬の後に
 ――その細い首筋に、白銀が突きつけられていた。
 それはまぎれもなく、自身の剣で。
「はい、御仕舞」
 紡がれた声に、周りから歓声が上がる。
 グリムゲルデは目を瞬き、ベルンハルドは小さく息を吐く。
 それと同時に、ひゅうと風が駆け抜けていった。
 剣を地面に突き立てて、グリムゲルデの上から退くナナカ。
 その華奢な体が、騎士達に囲まれたのは次の瞬間だった。
「御妃様、次は俺と!」
「さっきのどうやったんですかっ!?」
「是非普段の演習にもいらしてください! そして御教授を!!」
「えっ……えぇ!?」
 慌てるナナカに苦笑しつつ、ベルンハルドはグリムゲルデを見る。
 体を起こし、剣を鞘に納めるグリムゲルデ。
 その顔に、表情は無い。
 そのまま騎士団員達に背を向けて歩き始める小さな体躯に、暗緑色の青年は小さく溜息をついた。
 伺う様に騎士団長を見れば、帰ってくるのは深い溜息。
 それを答えと受け取って、ベルンハルドは彼女を追いかけた。  



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