09:緋色の風は鬨の声を告げ 馬車に揺られながら、グリムゲルデは自身の剣をぎゅっと抱き締めた。 『多頭』の駆除。 それはグリムゲルデにとって二回目の出陣であり、何よりそれ以上の意味をもつものであった。 ――エルダ・フォン・アコノールが活躍し、『グラオヴァルキュリア』の名を冠したのは二十年前の『多頭』との戦いでだ。 前回、『多頭』の首領の首を取ったのも、最も多くのゴルゴンを倒したのも母だった。 母と同い年での、母と同じ部隊。 不謹慎だと分かっていても、グリムゲルデは胸が高鳴るのを止められなかった。 あの大魔導士にも、自分を認めさせることができるかもしれない。 殺すことに、恐れなど無い。 騎士は、殺すことを恐れない。 自分の手を見下ろし、きゅうと握りしめ、グリムゲルデは顔をあげた。 馬車が止まる。どくん、と胸が高鳴る。 外に出れば、そこには見事なまでの晴天。 不釣り合いなその青さは、これから起こるであろう出来事には不釣り合いだった。 「緊張しているのかい? グリムゲルデ」 かけられる声は柔らかく、戦場には向かない。 そちらを見れば、赤毛の、柔和な面立ちの男性がこちらを見ていた。 「父上」 ヴォータン・フォン・アコノール。 二番隊の隊長であり――グリムゲルデの父親だ。 髪より少し濃い色の双眸を、グリムゲルデはじっと見つめる。 「大丈夫?」 「当然です。覚悟せず、騎士になった訳ではありませんから」 「えっと……そういうことじゃないんだけれどもなぁ」 「父上……?」 苦笑を浮かべる父に、グリムゲルデは少し首を傾げる。 それを赤い双眸で見下ろし、けれども彼は答えを言わずに。 「まぁ……グリムゲルデがそこまで決めているなら、僕は何も言わないよ」 そう言って笑う父親は、騎士にはとても見えない。 けれども、グリムゲルデは彼を尊敬していた。 母程ではないが、彼も相当な腕の持ち主なのだ。 「あ、母さんが呼んでる。また後でね、グリムゲルデ」 「……今は『騎士団長』ですよ、父上」 「ああそうだった」 うっかりだね、と笑う父親に、グリムゲルデも小さく笑みで返した。 「大変だね、ヴォータンさんも」 「ああ、ベル君」 本陣のテントの外でくすくすと笑う若い大魔導士に、赤毛の騎士は苦笑した。 「聞こえてたんだ、まいったなぁ」 「知ってるでしょうが、俺のコト」 「うん、でも、聞いてるとは思わなかった」 柔らかく笑うヴォータンに、ベルンハルドは苦笑で返す。 騎士に似つかわしくない笑みの彼が、何より戦場で鬼となるのをベルンハルドは知っていた。 「許したんでしょ、ルーディが騎士団に入るの」 「許したけど――まさか、こうなるとは思わなかったんだ」 平和になったんだと思ってたから、とヴォータンは苦笑する。 柔らかい笑顔に、小さく息を吐くベルンハルド。 そんな年若い大魔導士の首に痣を見つけて、ヴォータンははてと首を傾げた。 「ベル君、首、どうかしたのかい?」 「ん、あァ、大したことないんだけどね」 苦笑しながら、ベルンハルドは親指で本陣の中を指す。 そこにはヴァンパイアの領主と――彼が愛する、黒髪の少女の姿があった。 おや、と目を見開くヴォータンに、ベルンハルドは苦笑したまま。 「今回ね、ナナちゃんの力を借りようと思ってね」 「御妃様の?」 「そ。上手くいけば――誰も石化することがないかもしれない」 その言葉は、ヴォータンの耳にはひどく魅力的に聞こえた。 石化は、ゴルゴンが操る特殊な術だ。 その双眸で見つめられたものは、心臓が文字通り石と化してしまう。 それで何人もの騎士が戦場に散ったのを、二十年前ヴォータンも見てきた。 ――その中で、彼の愛する妻は『多頭』の半分を討ち取ったのだけれども。 「でねー、ナナちゃんに協力仰いだらリィブチ切れちゃってさー。 あれは殺す気で首締めてたね。御花畑と川が見えて、川の向こうで爺ちゃんが俺を手招きしてた」 「……それは、もしかしなくても相当大変なんじゃ無い?」 「だろうね。でも、リィはナナちゃんの為なら幼馴染を殺すと思うんだよねェ」 「そんな」 「そんなこと言って、ヴォータンさんはエルダさんを危ない目に遭わす人がいたらどうする気?」 笑いを含んだ問いかけに、ヴォータンは少し考えた後。 「……なます切り、かな」 笑ったまま、そう言った。 「……うん、やっぱりヴォータンさんもリィと同じ人種だね」 「まさか、そんな」 「自覚無いのが一番怖いよ」 「こーらベル、ウチの旦那に何ちょっかい出してるんだい?」 苦笑交じりの会話に、わざと張りあげた声が割り込む。 首に腕を回してきた騎士団長に、ベルンハルドはあははと笑う。 「やだなーエルダさん。俺にはナナちゃんという心に決めた人が」 「アンタまた領主殿に首締められるつもりかい?」 「……ごめんなさいリィには黙ってて」 幾分焦った声に、エルダは声を上げて笑う。 そうして、その青に浮かべる感情を切り替えて。 「……ベル、分かってるんだろうね?」 「当然。そうじゃなきゃ、もうすぐそこまで来てるのにふざけたりなんかしないよ」 今までとは違い、一切笑いを含まないその声に、エルダはにぃと唇を歪めた。 暗緑色を見上げ、ベルンハルドの背中を軽く叩く。 「それじゃあ、ちょいと一働きしてきましょうかね、大魔導士殿」 「そうですね、騎士団長殿」 |