11:風に散る赤き花は命を証し

 降り注ぐ矢の雨の中を、グリムゲルデは駆け抜ける。
 四番隊以下は国境に並び、彼等が入り込まないよう剣や弓を構えている。
 『多頭』達と剣を交えているのは三番隊以上の騎士団員だ。
 べしゃり、と足元で赤が散った。
 駆け抜ける地面には、何体かの死体が転がっている。
 肌に突き刺さる様な怒声。
 火竜の時とは違う空気に、こくりと喉が鳴った。
 腕が震えているのは武者ぶるいだと、自分に言い聞かせる。
(――あんな大魔導士の力を借りなくたってッ)
 そう思えば、少し手に感覚が戻る気がした。
 ひゅうひゅうと空を切る風に乗った、魔力と言葉。
 そんなもの、いらないのにとグリムゲルデは思う。
 ――母上はそんなもの無くても戦い抜いて見せたのに、と。
 ぎり、と奥歯を噛み締めるのと、目の前に赤が飛び散ったのは同時だった。
 頬にかかる、暖かい液体。
 青を見開いてそちらを凝視すれば、縦線の入った金の双眸が彼女を見ていた。
 どくん、と心臓が奇妙に高鳴る。
「やはり、効かぬか」
 紫の髪の合間から覗くそれが、にぃと細められる。
「な……」
「まさかとは思うたが、この風で我等の力を抑え込んでいるらしいな、若き騎士よ」
 開いた口から覗く、先の割れた舌。
 耳障りなノイズを含むその声に、グリムゲルデは剣を構える。
 背の高い、青年だった。
 赤に塗れたハルバードを持ち、その足元には血を流す同胞が倒れている。
「灰色の森は見事な大魔導士を持ったものだな」
「……あんなもの」
「……あんなものか、そうか」
 ししし、と笑い、ゴルゴンの青年はハルバートをグリムゲルデに向ける。
 縦線の入った金色に、本能が警鐘を鳴らす。
「そのあんなものに感謝するがよい、若き女騎士よ。
 大魔導士がおらねば、貴様の心臓はとうに石となっていたのだから」
「そんなもの、恐れては騎士など務まりません」
「確かに。そういえば、奴は恐れることなく向かってきたな」
 グリムゲルデは青い瞳を微かに見開く。
 彼女の反応に気をよくしたのか、ゴルゴンの青年はにぃと唇を歪めた。
 それは酷く老獪な笑みで――そこでグリムゲルデは初めて、彼が見た目通りの年齢でないことに気付いた。
 蛇系統の種族は長命だと、昔誰かが呟いた言葉が今更のように思い出される。
「あの時の女騎士は見事であった。彼女に私の父は討ち取られてしまってな。
 まぁその御蔭で、今こうして『多頭』の首領を務めているのだが」
「貴方が、首領……」
 どくん、と心臓が高鳴る。
 それは先程とは違い、内側からの物であった。
「あの騎士はお前と同じ色であったな。血縁か、何かか」
「……答える義務を、感じません」
 向けた白銀に籠める力を強くする。
 じり、じりと、グリムゲルデは紫の青年との距離を詰める。
 騎士団内にもハルバートを使う者はおり、模擬戦で何度も戦ってきた。
 そんな考えが、グリムゲルデの中にあった。
 たん、と地面を蹴る。
 降り下ろされるであろうハルバードを弾くべく、下段から上段へと剣を運ぶ。
 そこで――ひゅうと、空気が喉の下から入ってきた。
「ッ――!?」
 え、という疑問よりも早く、口から血を吐き出すグリムゲルデ。
 見開かれた青い目には、その場に立ち尽くす自分の体と、
「……他愛ないな」
 ハルバードを真横に振った、ゴルゴンの青年が映り込む。
 襲い来る激痛。
 黒く染まる視界。
「っ……!」
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたい痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイいたいイタイイタイいたいイタイイタイイタイいたいイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイいたいいたいイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!
 声を伴わない絶叫が、蒼穹に響き渡った。  



BACK     TOP     NEXT