12:鮮やかな緑は生と死を見据え

「ルーディ」
 上から降ってくる声と共に、頬に温かい何かが触れた。
 恐る恐るそちらを目で見れば、見降ろしてくるのは鮮やかな緑。
 稀代の大魔導士が、高い位置で微笑んでいた。
「落ち着いて。まだ、死んでないんだから」
 どうしてここにと思ったが、それを声には出せなかった。
 頬には幾筋も汗が伝い、彼が疲弊していることが見て取れる。
 ――どうして、ここに。
 そんなグリムゲルデの内心を知らずに、ベルンハルドは言葉を続ける。
「でも、死んだって思っちゃ駄目だ」
 思いこみは人を殺すよ、と笑うベルンハルド。
 いつものようにグリムゲルデは「大魔導士殿」と呼ぼうとしたが、口から出るのは呼吸音ばかりだ。
 それでもベルンハルドは苦笑を浮かべて。
「ベルでいいのに」
 にこりと、笑った。
 目を見開くグリムゲルデの頭を自分の目線まで持ち上げ、暗緑色の大魔導士は表情を変えた。
 にへら、というだらしのない、けれどもの何処か、哀しそうな笑みへ。
「ほら、俺は――シルフとの禁忌だから。風があれば、大抵のコトは分かっちゃうんだよねェ」
 禁忌。
 その言葉に答えるように、何処かで金属が音を立てた。
「ねぇルーディ、今、普通の人なら死んでるよね?」
 頷こうとしたが首が動かなかったので、口の動きで肯定を告げるグリムゲルデ。
 その動作に、ベルンハルドは笑みを深くした。
「痛かった、でしょ?」
 再び、肯定。
「怖かった、でしょ?」
 三度、肯定。
 それに満足そうに笑って、ベルンハルドはたったままだったグリムゲルデの体に近付く。
 一体どうしたことか、噴き出すはずの血は首の断面に丸く留まっていた。
 そして――『多頭』の首領であるゴルゴンは、先程から一歩も動いていなかった。
 怪訝に思うグリムゲルデだが――すぐに答えに行きあたる。
 先程よりも強くなった、風の音。
 弾かれたように目だけでベルンハルドを見れば、その双眸は鮮やかな緑。
 彼の魔法のおかげだということは、一目瞭然だった。
 けれどもベルンハルドは彼女の視線を物ともせずに、言葉を続ける。
「それが『死ぬ』ってことさ。痛くて怖い、永遠の断絶」
 先程の痛みを思い出し、グリムゲルデは小さく首を横に振る。
 あれ程の痛みを、彼女は経験したことが無かった。
 ベルンハルドは笑ったまま、彼女の首を元に戻す。
 そうして何処からともなくハンカチを取り出して、その首に巻き付けた。
 じわり、と赤が布を侵すが、それは微々たるものだ。
 徐々に繋がり始める感覚は気持ちが悪いものだったが、それでもグリムゲルデはベルンハルドを見つめ続けた。
 グリムゲルデの脇を通り過ぎ、ゴルゴンへと真っ直ぐに向かうベルンハルド。
「それは誰にだって訪れる絶対のモノさ。でも、それは理不尽に与えられていいモノじゃない」
 金色の中を行く途中、落ちていた剣をベルンハルドは拾い上げる。
 見覚えのあるそれは、領主から直々に受け取った――グリムゲルデのものだった。
「それは、穏やかに緩やかに、『迎える』モノさ」
 距離は徐々に離れていくというのに、囁くような声ははっきりと鼓膜に届く。
 風の音は、何時の間にか意識に昇らなくなっていた。
「だから魔導士(俺達)も騎士(君達)も、それから民を守るのさ」
 だからね、ルーディとベルンハルドは一度も振り返らずに言う。
「――Memento mori.」

 ――死を、想え。  



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